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 1945年7月9日夜、アメリカ軍の爆撃機130機が焼夷(しょうい)弾1万発以上を岐阜の市街地に落とし、市民約900人を殺しました。

 休刊を経て発行を再開した12日付の新聞を、市内で開かれた「子どもたちに伝える平和のための資料展」で見ました。岐阜合同新聞(現・岐阜新聞)、朝日新聞、毎日新聞を統合した新聞で、3紙の題字が1面右上に並びます。

 内容はひどいです。トップ記事は「われらは魔翼に勝ったのだ、さあ復興だ、生活再建だ、晴々とした身軽な岐阜市民のどの顔にも明るい色が躍っている、『ここを一歩も退きませんよ』と余熱残る壕舎(ごうしゃ)に修理を急ぐ人々、バラックの設計をする隣組有志、十一日焦土の街に象嵌(ぞうがん)するどの風景にも必勝市民の“闘魂”が横溢(おういつ)していた、まず決勝生活再建へ、市民の巨大な足音がとどろいていくではないか…

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