特集

カルチャープラス

カルチャー各分野をどっぷり取材している学芸部の担当記者が、とっておきの話を報告します。インタビューの詳報、記者会見の裏話、作品やイベントの論評など、さまざまな手法で、カルチャー分野の話題の現象を記者の視点でお伝えします。

特集一覧

常夏通信

その52 74年目の東京大空襲(38) 民間人空襲被害者の切り捨ては国のイデオロギー

  • はてなブックマーク
  • メール
  • 印刷
「国は民間空襲被害者を救済せよ」「私たちに『戦後』はない」などと訴える空襲被害者たち=東京・永田町で2015年12月8日、栗原俊雄撮影
「国は民間空襲被害者を救済せよ」「私たちに『戦後』はない」などと訴える空襲被害者たち=東京・永田町で2015年12月8日、栗原俊雄撮影

 「この法律ができたとして、予算は最大でも50億円だよ。政府が100機以上購入するアメリカ製の戦闘機F35は、1機100億円以上する。そのたった1機分にも満たないのに、なんでこんな法律すらつくれないのか……。民間人空襲被害者への補償問題で、まがりなりにも政府として措置をする最後のチャンスなのに」

 民間人空襲被害者への補償問題を取材している私は最近、友人のジャーナリストにそう話した。すると友人は応じた。

 「金額じゃないんだよ。国家観、歴史観、イデオロギーの問題なんだ」

「国が雇用していなかったから」

 第二次世界大戦下、米軍による日本への爆撃で、およそ50万人が殺された。米軍は当初こそ軍事施設を目標としていたが、途中から民間人も巻き込む無差別爆撃へとかじをきった。国際法違反であり、本来はアメリカが日本の被害者に補償をすべきだ。しかし、日本政府は主権回復につながるサンフランシスコ講和条約(1951年締結、52年発効)により、補償請求権を放棄してしまった。被害者は日本政府に補償を求めることとなった。

 占領下の日本政府は、連合国軍総司令部(GHQ)によって元軍人・軍属とその遺族らに対する補償や援護を禁じられていた。しかし主権を回復するや、猛スピードで補償などを進めた。一年中「8月ジャーナリズム」=戦争報道を続けている常夏記者こと私も、必要な政策だったと思う。政府に同意できないのは、同じ戦争被害者でも民間人への補償をしないことだ。

 「国が雇用していなかったから」というのが主な理由である。雇用されていようがいまいが、国が始めた国策=戦争による被害者という点では同じである。しかも、国は「雇用していなかった」民間人への援護を小出しに拡大していった。無補償・無援護で残された最大の集団が、原爆以外の民間人空襲被害者だ。70年代以降、名古屋や東京、大阪などの空襲被害者たちが相次いで国に補償を求める訴訟を起こしたが、すべて敗訴に終わったのは、本連載で見てきた通りである。

 2010年8月、「全国空襲被害者連絡協議会」(全国空襲連)が発足した。全国の民間人空襲被害者が、立法による解決を求めて結成したものだ。この時点では、東京、大阪とも空襲被害の国家賠償請求裁判は続いていた。全国空襲連はその法廷闘争とともに、補償実現に向けて進む車の両輪となるべきものであった。

 東京都内で開かれた発足集会には、北海道から沖縄まで全国から約300人が駆けつけ、熱気に満ちていた。東京大空襲国賠訴訟原告団長の星野弘さん(故人)、大阪空襲原告団代表世話人の安野輝子さん(81)の姿があった。また名古屋大空襲で顔面をえぐられ、1970年代から先駆的に補償実現運動を続けてきた杉山千佐子さん(故人)も元気に参加していた。

 翌年には、空襲被害者を対象とした援護法立法を目指す議員連盟を設立した。当時政権にあった民主党議員を中心とした超党派の議連だった。全国空襲連と協議を進め、援護法の「素案」をまとめた。

最初は補償総額6800億円だった

 主な内容は以下の通りだ。

▽死者1人につき遺族に100万円

▽15歳未満で孤児になった人に100万円

▽負傷や病気になった人に、程度により40万~100万円

 試算では、対象者は最大で65万人、予算は6800億円だった。

 相当な巨額だ。しかし、この時点で累計50兆円に及んでいた元軍人・軍属らへの補償と援護に比べれば、はるかに少ない。しかも、年金と違って一度措置すれば、出費はない。また在日米軍に経費を支援する「思いやり予算」の3年分程度である。

 年金ではなく、一度きりの給付金か……。軍人や軍属への年金と差があまりにも大きい。でも、これが限界なのかな。戦後補償問題は解決済み、と言っている政府を動かすためには……。素案の内容を知った私は、そんなふうに考えた。

 82年、日本政府は民間人戦争被害者たちから寄せられた補償問題を議論すべく、「戦後処理問題懇談会」(懇談会)を発足させた。元高級官僚ら「有識者」7人からなる懇談会は非公開で開かれた。本連載その31「最初から決まっていた?結論 直接…

この記事は有料記事です。

残り1864文字(全文3560文字)

あわせて読みたい

注目の特集