あの魔球「今は投げていません」 ナックル姫が女子の世界に身を投じた真意

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エイジェック女子硬式野球の創設時、吉田えりさんはスーツに袖を通してあいさつ回りに力を注いだ=宇都宮市岩曽町で2017年12月1日午前9時56分、萩原桂菜撮影
エイジェック女子硬式野球の創設時、吉田えりさんはスーツに袖を通してあいさつ回りに力を注いだ=宇都宮市岩曽町で2017年12月1日午前9時56分、萩原桂菜撮影

 不規則に揺れながら落ちる変化球で、コントロールが難しいナックルボール。そんな「魔球」を鮮やかに操る女子高校生の投手が十数年前、時の人になった。男子選手と一緒にプレーする国内初の女子プロ野球選手となり、「ナックル姫」の愛称で親しまれた吉田えりさん(28)だ。今は女子野球に舞台を移し、代名詞のナックルを封印しているという。心境の変化の裏には、ある決意が込められていた。【森野俊】

「男子と一緒にプレーする」切り札 独立リーグで女子プロ野球選手に

 「ナックルの握りのままガムテープで固定して寝たこともあるくらいです」。照れ笑いを浮かべた吉田さんにとって、ナックルは野球人生そのものだ。「男子と一緒にプレーする」ことへの強いこだわりが、その根底にある。

 野球を始めたのは、小学2年生の時。大好きな二つ上の兄が少年野球チームに入り、一緒に過ごす時間が増えると思ったからだ。中学は軟式野球部で男子選手と一緒に白球を追い、主に一塁手でレギュラーにもなった。それでも成長するにつれて男子との基礎体力の差を感じるようになった。

 高校でも野球を続けるかどうか悩んでいた中学3年生の夏、背中を押されるきっかけがあった。父親の勧めで米大リーグで活躍していたナックルボールの名手、ティム・ウェークフィールド投手の映像を見た。球速は遅くても打者の手元で変化し、まともなスイングを許さない。「このボールと一緒に、女の子でもどこまで戦えるか試したい」。体力に勝る男子選手を相手に勝負できる切り札として、自己流でナックルの習得を目指した。

 県立川崎北高時代は硬式野球のクラブチームで野球を続け、2年生だった2008年、関西独立リーグの入団テストに合格。神戸9(ナイン)クルーズに入団した。09年春に17歳でプロデビューを果たすと、その後は日米の独立リーグで、ナックルを研究した。右下手から上手に投げ方を変えるなど試行錯誤も重ねた。

「もう一度、一から」

 転機が訪れたのは17年オフ。独立リーグでの野球に区切りをつけ、エイジェック女子硬式野球部(栃木県小山市)に選手兼監督として加入した。その後は試合で一度もナックルを投げてい…

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