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社会

点字毎日5000号 紙面を振り返る・創刊号と1000号

 1922(大正11)年創刊の「点字大阪毎日」(「点字毎日」の前身)。大正、昭和、平成、令和と四つの時代にわたり、視覚障害者への情報提供や社会への発信、後世に記録を残す役割を続けてきた。節目となった記念号の紙面を、当時の社会情勢と共に振り返る。初回は、創刊号と1000号。【佐木理人、澤田健】

■大正デモクラシーのうねりの中

創刊号の表紙=菱田諭士撮影

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 大阪毎日新聞社社長・本山彦一の決断で創刊が決まった「点字大阪毎日」。その初代編集長に招かれたのが、中村京太郎だ。日本で初めて全盲の普通科教員として教壇に立ち、文部省の委託で初の全盲留学生として渡英した経歴を持つ人物に白羽の矢が立った。

 そんな中村の思いは、創刊号の「発刊の言葉」に記されている。

 「発刊の目的は、失明者に対して、自ら読みうる新聞を提供し、本社発行の各種の新聞とあいまちて新聞の文化的使命を徹底せしめんとするにほかありません。かくして、一方には、盲人に対し、一個の独立せる市民として社会に活動するに必要な知識と勇気と慰安とを与え、他方には、これまで盲人に対して眠れる社会の良心を呼び覚まさんとするにあります」

 点毎発刊を会社に提案したのが、大阪毎日の記者・河野三通士(こうのみつし)だ。彼の願いは、第2号の「点字新聞の必要について」で述べられている。

 「私は、先年、中村京太郎氏と英国滞在中、イギリスの盲人に接し、その教育状態を見ましたが、全ての方面において、盲人は、目明きに劣らぬことを実見しました。しかるに、我が国では、目明きと盲人との差別は、あまりにはなはだしい。これは人道上ゆゆしき問題で、かつ、また、文明国として日本の大いなる恥であります。もし我が国民が、諸君を他の市民と差別するならば、我々は世界に向かって人種差別撤廃を叫ぶの資格も権利もありますまい。また今日、諸君の求められているもののうちで、最も重要なものは精神の糧でありましょう。本社が点字新聞を発刊せんとする趣旨も要するに、いささかなりとも諸君にこの貴い糧を与え、自らの手によりかつ社会に活動するに必要な力ができるようにしたいというに他ありません。しかしながら、今のような時代には一人では何事もできません。点字新聞を諸君に捧(ささ)げるのは、単に諸君に活動の原動力を与えるばかりでなく、これを諸君の連絡・結合の機関とし、共同動作を取るに便利に致したい意味もあります」

 社命留学で英国に渡り、中村京太郎と出会い、現地で貿易会社を営む弱視の好本督(よしもとただす)から点字新聞発刊を提案された河野。彼が、英国で出会った視覚障害者からどれほど感化されたかがよく分かる。

 創刊当時の点毎の発行は毎木曜。サイズは今より縦約2㌢、横約1㌢大きかった。そのため、点字は1㌻当たり30行がインターポイント方式で印刷され、全16㌻。定価は1部10銭だった。

点字毎日創刊に関わった河野三通士(前列左から2人目)。右隣が好本督、その右は中村京太郎

 創刊号には、総理大臣・高橋是清らが祝辞を寄せている。記事では、第一次世界大戦後初の欧州経済復興国際会議「ジェノバ会議」の開催や英国皇太子の来日といった国内外のニュースを報じ、晴眼者と同等の情報を伝えようという思いが感じ取れる。

 幅広い読者に届けたいという意識も高かったようだ。あはきの話題はもちろん、他の医学情報や園芸の話題もあり、1919(大正8)年発表の菊池寛の短編小説『恩讐(おんしゅう)の彼方(かなた)に』も掲載。非常に貴重な点字の読み物だっただろう。

 視覚障害者の状況も「盲界だより」として報じる。「スタイルの音」と題する欄を設け、点毎の感想や意見、希望を呼びかけ、視覚障害者と共に歩みたいとの姿勢が伝わってくる。海外の点字雑誌や新聞の内容を紹介する記事もある。晴盲問わず、諸外国の実情を知る機会がほとんどなかったであろう時代だけに、日本の視覚障害者にとって有用かつ刺激に満ちたものとして読まれたのではないだろうか。

日本初の人権宣言「水平社宣言」

 点毎が創刊された時代は、民主主義と自由主義の機運が高まっていた大正デモクラシーの真っただ中。創刊年の3月には、全国水平社が創立、日本初の人権宣言と言われる「水平社宣言」が採択された。日本での人権意識の芽生えの年とも言える。一方、海外では、4年前の第一次世界大戦の終結の余波で、大変革が起こりつつあった。2月に開かれた「ワシントン会議」で米英日仏伊5カ国の航空母艦の保有比率を制限するなど、軍縮と東アジアの新しい国際秩序を構築するための「海軍軍縮条約」が締結された。11月には「オスマン帝国」が滅亡。翌月には、世界初の社会主義国家「ソビエト連邦」が誕生した。世界が新たな枠組みを探り始める中での点字新聞の船出となった。

■読者との関係、着実に深まって

 点毎1000号は、1941(昭和16)年7月10日の発行だ。ページ数も定価も創刊号と変わらない。紙面では、ドイツとイタリアによる中国国民政府の承認や日本軍部の人事といった国内外の時事ニュース、盲学校教員の人事や本間一夫が1940(昭和15)年に創立した日本盲人図書館(現・日本点字図書館)の充実ぶりなどを伝える。加えて、新譜レコード・点字新刊書の紹介やマッサージ師の募集広告などが入り、生活に役立つ情報を取り入れている。

1000号の表紙=菱田諭士撮影

 興味深いのは、その前の999号にある中村京太郎の執筆と思われる「本紙1000号記念日を迎えて」と題する評論だ。そこでは、点字新聞発刊が周囲から決して歓迎されるばかりでなかった様子が明かされている。

 「以前、大正4、5年ごろ、大阪に来てよく聞いたことは『点字なんか習って何になる。本らしい本が1冊できているでなし。点字は失明の世界に文化の光りを送るただ一つの窓だというが、それは、あちらのことだ』と言われてみると、一言もなかった。ただ、毎日新聞の本山翁は『いや、盲人の文字は、やはり点字だ。もし仮にうちから点字新聞を出したなら、他の新聞にどう響く、社会にいかに影響するか。始めるか』と冗談半分にそんなことを言っていたことを記憶している」

本間一夫(故人)

 しかし、記念の1000号の評論では、点字新聞発行の積み重ねの他、点毎の取り組みが、視覚障害者の間だけでなく、社会の変化につながっている手応えを感じていることが分かる。

 「点字普及の要望は、かくて次第に高まりきたって、大阪毎日慈善団(今の社会事業団)のごとき専任の教師数名が巡回して、これにあたり、相当の成績を見るにいたったが、この運動は、各方面の協力にまって、ようやく良き種をまき、実を結んでいった。更に、注意すべきことは、点字を通して一部新聞関係者が、盲人に対する認識を新たにし、全く別の観点から盲人記事を取り扱うようになったことであった。大正11年春、文化大会の席上、各府県代表が提案した『点字の普及』『投票の確認』『郵便料の低減』『教科書の編纂(へんしゅう)・発行』『盲教育令発布の請願』『失明の防止』等、とにかく一通り片が付いたのも決して偶然でない。しかしながら、最も注意さるべき一事は、その心から盲人に対する社会の態度が著しく違ってきた。しかも、正しく変わってきたことである」

1941年当時人気だった女優・歌手の李香蘭

 20年の発行を通して、全国の読者の信頼を厚くしてきていることも読み取れる。999号の紙面で「点毎1000号祝賀謝恩会について 愛読者各位へ ご依頼」との記事もある。

 大阪市立盲学校(当時)の校長が中心になり、全国の盲学校長に発起人を依頼。大阪軍人会館で大阪毎日新聞社と点毎関係者に感謝状・記念品を送るという催しだった。読者との関係が着実に深まっていると分かる。

大横綱・双葉山。1941年の現役中に年寄「時津風」を襲名した

 一方、国内外の情勢は、厳しさを増していた。1000号発行の前年に当たる1940(昭和15)年には、第二次世界大戦がアジアに拡大する要因となった日独伊3国軍事同盟が締結。国内では41年3月に「国民学校令」が公布され、全国の国民学校で「皇国の道に則(のっと)りて」教育を施すよう求めるなど戦時色が色濃くなっていく。そうして同年12月8日、日本海軍による真珠湾攻撃で太平洋戦争へと突入する。

 7月発行の点毎1000号では、緊迫感の高まりが感じられる。

 「第1000号を迎え、特集増大号を発行して、愛読者に送りたいと思ったが、今や我が国は、文字通りの非常時局に際会している。高度国防国家建設のためには、あらゆるものが動員されている。墨字の新聞も減ページを継ぐに減ページを行っているのだから、われらも国作戦に沿って自粛し、増大号発行を中止するの悩む無きに至ったことを謹んでお詫(わ)びする」

太平洋戦争のきっかけとなった、日本の真珠湾攻撃。1941年の出来事だった

 点毎は1001号から、サイズも1㌻の行数も現在と同じになる。そして、第二次世界大戦の中、発行継続に奮闘する。

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