ミサイル恐れなかった強いリーダー 笑顔絶やさぬ教育者 李登輝・台湾元総統死去

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支持者と笑顔で握手を交わす台湾の李登輝元総統=台北市中山区で2019年10月19日午後6時54分、福岡静哉撮影
支持者と笑顔で握手を交わす台湾の李登輝元総統=台北市中山区で2019年10月19日午後6時54分、福岡静哉撮影

 「日本政府の肝っ玉はネズミより小さい」

 2001年4月15日、台北郊外での内外記者会見で、李登輝氏は激しい言葉で日本政府を非難した。前年に総統を退き、心臓病治療のため訪日を申請したが、日本政府は中国の強い反対に遭って査証(ビザ)発給をためらっていた。いつも日本人の前では笑顔を絶やさない李氏が初めて見せた迫力に、私は並々ならぬ決意を感じ取った。結局、日本政府は李氏にビザを発給する。国内でも李氏の来日を支持する声が圧倒的になり、認めざるを得なかったのだ。

 農学者出身の李氏は、ここ一番で満身の気迫を見せた。1988年の総統昇格時は、政治キャリアも浅く、実権を持たない「お飾り総統」と見られていたが、権力闘争を勝ち抜き、全力で台湾の民主化を進めた。中台関係の緊張が高まる中でも、李氏はひるまず立ち向かった。96年の初の総統直接選では、中国が李氏の得票を減らそうとミサイル演習で威嚇したが、「恐れることはな…

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