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「今回も大丈夫」油断招いた55年前の洪水 避難促した防災ラジオ 豪雨の教訓

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水につかった自宅兼店舗を片付ける江嶋信子さん。「まさか2階まで水がくるとは思わなかった」と振り返る=熊本県人吉市下青井町で2020年7月27日午前11時39分、菅野蘭撮影
水につかった自宅兼店舗を片付ける江嶋信子さん。「まさか2階まで水がくるとは思わなかった」と振り返る=熊本県人吉市下青井町で2020年7月27日午前11時39分、菅野蘭撮影

 7月4日に氾濫した熊本県の球磨(くま)川が、戦後最大の被害をもたらしたのは人吉市街地の3分の2が浸水した1965年の「昭和40年7月洪水」だった。被害は下流の八代市まで広範囲に及び、家屋損壊・流失は1281戸、床上・床下浸水は1万2825戸に上った。洪水はその後少なくとも9回起きたが、65年の規模を超えたことはなく、4日の豪雨で逃げ遅れて助けられたり、水につかりながら避難したりした住民の多くは「今回も大丈夫だと思った」と口をそろえた。

 人吉市下青井町の江嶋信子さん(81)もその一人だ。球磨川から約100メートルの家は1階が手芸品店、2階が自宅の木造家屋。4日午前5時15分、市内全域に避難指示が出され、同6時ごろには大阪に住む弟から電話で「向かいのビジネスホテルに避難した方がいい」と勧められたが、「せめて店の帳簿などを2階に上げてから」と階段を往復し始めた。

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