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毎日新聞朝刊1面の看板コラム「余録」。▲で段落を区切り、日々の出来事・ニュースを多彩に切り取ります。

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作家の菊池寛や宇野千代に愛された…

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 作家の菊池寛や宇野千代に愛された万年筆の店がある。「祖父(初代)が出張修理に伺っていたようです」と川窪(かわくぼ)万年筆店(東京都文京区)の3代目代表、川窪克実(かつみ)さん(56)は話す▲創業は昭和元(1926)年。今は川窪さんが製造から販売まで1人でこなす。どんな修理依頼にも、「できません」とは言わない。入手困難な部品は自作する▲大学で機械工学を学び、メーカーでコンピュータープログラムを作っていた。父(2代目)を継いだのは90年代初め。「単純な構造なのに一本一本、書き具合が違う。そこが面白かったのかな」▲戦争で金ペン製造が禁じられ、初代は鉄を使った。60年代にはボールペンの普及で万年筆需要は激減。修理の依頼も絶え、2代目は家庭用水回り部品を製造してしのいだ。レトロブームで客が戻ったのは80年代初め。最近はデジタル化の波にさらされながら、「文具女子」など愛好家は広がっている▲顧客の一人、会社員の赤木雄(あかき・ゆう)さん(60)は先日、初代が作った万年筆を購入した。社内資料をすべて電子化する赤木さんは、「デジタル化を追求するほどに、身体的なものへのあこがれが強くなります」と話す▲新型コロナウイルスで3月、店の売り上げは半減した。主な修理を「対面・手渡し」から「オンライン・郵送」に切り替え、売り上げは回復中だ。過去の危機を乗り越えた万年筆である。「コロナにも対応するしかないです」。淡々と語る川窪さんは、ルーペで手元のペン先を凝視していた。

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