48年前の神奈川で人々はどうやって米軍の戦車を止めたのか 安保の矛盾問う映画

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戦車を積んだトレーラーの前に座り込む市民=Ⓒ戦車闘争の映画をつくる会/佐藤美知男さん提供
戦車を積んだトレーラーの前に座り込む市民=Ⓒ戦車闘争の映画をつくる会/佐藤美知男さん提供

 1972年8月5日、神奈川県で米軍の戦車を市民が体を張って止めた運動があった。人々はどうやって戦車を止めたのか、なぜ米軍基地が存在するのか――。48年前の「戦車闘争」を巡るドキュメンタリー映画が完成した。地元である相模原市の歴史を知って驚き、映画を企画したプロデューサー、小池和洋さん(46)は「昔の話じゃないかと言われると困る。今、問うべき話なんです」と語る。【竹内麻子】

港に向かう戦車の前に座り込んで排除

 当時、ベトナム戦争で使用された米軍の戦車は、日本に運び込まれて米陸軍基地・相模総合補給廠(しょう)で修理を受けた後、トレーラーに載せられて深夜に一般の道路を通り、横浜の港からベトナムの戦線へ送られていた。

 戦闘に使われ「肉片も付いていた」という戦車が運び込まれ、再び日本から戦地に送られているという事実を知った市民は憤った。72年、横浜ノースドック手前の村雨橋…

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