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東京へ ともに歩む

毎日新聞

2016年リオデジャネイロ大会のレスリング女子58キロ級決勝でロシアのコブロワゾロボワ選手(左)を破り、4連覇を達成した伊調馨選手=同年8月17日、和田大典撮影

オリパラこぼれ話

めざましい活躍 日本女性アスリート

 オリンピックでの日本の女性アスリートの活躍がめざましい。2004年アテネ大会から16年の前回リオデジャネイロ大会まで、金メダルの獲得数は4大会連続で男性を上回った。アテネ大会は16個のうち9個、08年北京大会が9個のうち5個、12年ロンドン大会が7個のうち4個、リオ大会が12個のうち7個を女性アスリートが手にした。複数個の金メダルは、00年シドニー大会の高橋尚子選手(マラソン)と田村亮子選手(柔道)まではなかったが、アテネ大会から大幅に伸びた。

    2016年リオデジャネイロ大会のバドミントンで日本勢初の金メダルを獲得し、笑顔を見せる女子ダブルスの高橋礼華選手(左)、松友美佐紀選手組=同年8月18日、小川昌宏撮影

     直近のリオ大会はレスリングで五輪4連覇を達成した女子58キロ級の伊調馨選手を筆頭に4階級で金メダル。バドミントンは日本勢で初めて女子ダブルスの高橋礼華(あやか)選手、松友美佐紀選手組が、また、柔道女子70キロ級の田知本遥選手と競泳女子200メートル平泳ぎの金藤理絵選手の7種目で金メダリストが生まれた。

     アテネ大会で女性のメダル数が急増したのは、日本が得意とするレスリングに女性が参加できるようになったことや1992年のバルセロナ大会で門戸が開かれた柔道で、女性が力をつけてきたことがある。その2競技だけで7個を獲得した。北京大会やロンドン大会もレスリングと柔道で複数の金メダリストが生まれている。

    1936年ベルリン大会の競泳女子200メートル平泳ぎ決勝でドイツのゲネンゲル選手(手前)と接戦の末、日本女性第1号の金メダリストとなった前畑秀子選手=同年8月11日撮影

     日本女性選手の五輪派遣は、日本オリンピック委員会(JOC)によると、64年東京大会までは芸術競技を除くと多くて陸上、水泳、体操の3競技だったが、地元開催の東京大会で急増した。女性が出場できる競技は20競技中8競技にすぎなかったが、3競技に加え、金メダルを取ったバレーボールや馬術など計7競技に61人が参加した。72年ミュンヘン大会以降、女子を対象にした競技・種目が増え始め、ロンドン大会でボクシングに女子種目が加わると、全競技で男女の参加が可能になった。リオ大会では28競技中25競技164人が参加、23競技174人の男性選手に匹敵するまでになった。

     五輪での女性アスリートの歴史は、28年アムステルダム大会で初めて女性で日本代表になった陸上の人見絹枝選手から始まった。代表43選手中、女性はただ一人だったが女子800メートルで銀メダル。2大会後の36年ベルリン大会では競泳女子200メートル平泳ぎの前畑秀子選手が日本女性第1号の金メダリストとなった。

     コロナウイルスの感染拡大で来年に開催が延期された東京2020大会は、史上最多の33競技339種目が予定されている。女性アスリートのさらなる躍進の姿を見るのが待ち遠しい。【関根浩一】

    関根浩一

    東京本社オリンピック・パラリンピック室委員。1985年入社。東京本社事業本部、千葉支局、成田支局、情報編成総センターなどを経て、2017年4月からオリンピック・パラリンピック室。サッカー観戦が趣味でこれまで多くの日本代表戦に足を運んでいる。最近はスコッチのソーダ割りを飲みながらボサノバを聴くのが楽しみ。