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被爆75年の日本と世界 核廃絶の思いを継ぐ時だ

 広島に原子爆弾が投下されてからきょうで75年になる。9日には長崎も原爆の日を迎える。

 炎と爆風にさらされ、放射線を浴びた計21万人が5カ月のうちに犠牲になった。戦後日本が平和立国として歩む原点となった。

 被爆者たちの願いであり、世界共通の理想である「核兵器なき世界」に近づいているだろうか。

 「ヒロシマは75年近くにわたって月面のごとく荒れ果て……降り注ぐ雨が殺人光線を運ぶだろう」

 米軍による史上初の原爆投下後、開発計画に関わった米科学者が米通信社に寄せた談話だ。

 都市は破壊された。それでも、3日後には路面電車が運転を再開し、1カ月後にカンナの花が咲いたという記録が残る。

 いま眼前に広がるのは科学者の予言とは異なる緑豊かな風景だ。荒廃から立ち上がってきた生命力の強さを感じずにはいられない。

軍縮に背を向ける大国

 一方で、核兵器がもたらした非人道的な惨禍はいまに続く。

 爆発の上昇気流に伴う雨が放射性物質を含んで降り注いだ。「黒い雨」の健康被害は広範に及び、その苦しみは消えていない。

 惨劇を繰り返さないためには、過去の記憶をいまにとどめ、被爆者の苦悩を直視する必要がある。しかし、それを受け止めるべき世界の現状は暗たんたるものだ。

 核大国は核の近代化を進めている。米露は小型化を競い、すさまじい速度で滑空する運搬兵器の開発に中国を交えてしのぎを削る。

 北朝鮮は米朝合意後も核放棄を履行していない。国境をはさんでにらみ合うインドとパキスタンも核弾頭を増やしているとされる。

 核軍縮は後景に退いた。米露は冷戦時代から続く軍縮条約を廃止した。弾頭数を制限する条約は期限が半年後に迫る。

 延長交渉に失敗すれば信頼の糸は切れ、軍拡が加速するだろう。かつてない危険な状態に陥る。

 冷戦下の米ソ核軍拡は1980年代をピークに軍縮に転じた。レーガン米大統領は当時、「核戦争に勝者はいない」と述べている。

 ひとたび核攻撃が始まれば、世界の主要都市が破壊され、地球上に放射線が飛散し、「核の冬」が訪れ、人類は滅亡する――。

 そんな畏怖(いふ)の念が核軍縮を後押ししたのは事実だろう。広島・長崎以降、「核のボタン」に手をかけた指導者は幸いにもいない。

 時計の針が逆戻りし始めた背景には、とりわけトランプ米大統領の核兵器への特異な認識がある。

 過去に日本や韓国の核保有を認める発言をし、側近には「なぜ核兵器は使えないのか」と尋ねもした。最近では爆発を伴う核実験を検討していると報じられた。

 核兵器を軽々しく考えていないか。爆発力が比較的小さい小型核であっても、使用すれば広島・長崎の惨状が再現されるだろう。

「ノーモア・ヒバクシャ」

 核戦争が招く悲劇や非人道性に改めて目を向ける必要がある。

 長崎で被爆し3年前に他界した谷口稜曄(すみてる)さんは生前、国連で演説した。赤く焼けただれた背中の写真を掲げ「目をそらさずに見てほしい。ノーモア・ヒバクシャ」と訴えると満場の拍手が送られた。

 被爆者の活動が、国連での核兵器禁止条約採択や核兵器廃絶を訴える国際NGOへのノーベル平和賞授与につながり、国際世論を動かす原動力になった。

 重要なのは、体験を語り継ぐことだ。被爆者の平均年齢は83歳を超えた。いずれ「被爆者のいない時代」を迎える。

 体験記や証言映像などの収集はもちろん重要だ。被爆体験の伝承者の育成も必要だろう。それをオンラインで世界に伝えるのは、新たな伝承手法といえよう。

 原爆の日にあわせたウェブ会議も日米のさまざまな場で開かれる。交流を通じ日米の認識の差を縮める一助になるはずだ。

 開発から使用まで包括的に禁じる核兵器禁止条約はあと10カ国・地域の批准で発効する。核兵器そのものを違法とする条約だ。

 核保有国や米国の「核の傘」に入る日本は反対している。しかし、国際社会の新たな規範から目を背けるなら、「唯一の戦争被爆国」としての責任は果たせまい。

 核兵器を未来に持ち越す負債にしてはならない。4年前、広島を訪れたオバマ前米大統領は「核戦争の夜明け」ではなく「道徳的な目覚め」の場となるよう願った。

 「核なき世界」に近づくためにも、その思いを共有したい。

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