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毎日新聞朝刊1面の看板コラム「余録」。▲で段落を区切り、日々の出来事・ニュースを多彩に切り取ります。

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望郷の詩句として名高い室生犀星の…

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 望郷の詩句として名高い室生犀星(むろうさいせい)の「ふるさとは遠きにありて思ふもの そして悲しくうたふもの」である。実はこれ、遠方にあって故郷を思う歌ではなく、犀星が郷里の金沢に帰郷したおりに作られた詩という▲東京で思うにまかせぬ暮らしを強いられ、懐かしい故郷に帰っても温かく受け入れてもらえない。その悲哀、郷里への愛憎半ばする思いが「遠きにありて……」の言葉となったらしい。故郷とは時に複雑な思いを呼び起こす場所である▲遠きにありて思うか、帰って父母や旧友と親しむか。思いは千々(ちぢ)に乱れる今夏のお盆となる。全国的なコロナ感染拡大局面で迎えた帰省シーズンである。思いが乱れるのは、政府の説明や情報が要領を得ず、判断の基準に迷うからだ▲帰省の是非について高齢者への感染を懸念するコロナ担当の閣僚と、Go Toトラベルを推進する官房長官とで足並みが乱れていた政府である。専門家の提言を受けての政府の姿勢は結局、国民各自の判断にまかせるものとなった▲「帰省」とは郷里に帰り、父母の安否をうかがうことが本来の意味という。高齢の父母や縁者の感染・重症化のリスクをまず初めに考えるのは当然であろう。感染が広がればすぐに危機に陥る地方の医療事情も心にとめねばならない▲人と故郷の事情は千差万別だから、「遠きにありて」を「悲しくうたふ」人ばかりとは限らない。遠く隔たっていても一緒に楽しく歌えるオンライン時代の「帰省」に工夫をこらすお盆も悪くなかろう。

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