広島原爆の日 被爆者として、平和のために 「黒い雨」原告団長、82歳

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司法判断で「被爆者」と認められ、初めて式典に参列する「黒い雨」訴訟原告団長の高野正明さん=広島市中区で2020年8月6日、山田尚弘撮影
司法判断で「被爆者」と認められ、初めて式典に参列する「黒い雨」訴訟原告団長の高野正明さん=広島市中区で2020年8月6日、山田尚弘撮影

 原爆投下直後に降った「黒い雨」を巡る訴訟の原告団長、広島市佐伯区の高野正明さん(82)は6日、初めて平和記念式典に出席した。高野さんら国の援護対象区域外で雨を浴びた住民84人全員を「被爆者」と認めた広島地裁判決から8日。「雨を浴びて亡くなった全ての人に哀悼の意をささげたい」と手を合わせた。

 原爆が投下された1945年8月6日は7歳だった。爆心地から北西に約20キロ離れた広島県上水内(かみみのち)村(現広島市佐伯区)の国民学校で朝礼中、雷のような閃光(せんこう)が走り、何かが爆破されたような音が響いた。すぐ下校となり、暗くなった空からは焼け焦げた銀行の伝票や黒ずんだ雨が落ちてきた。肌着は黒く染まり、手で洗った。その直後から下痢や発熱などの症状が表れた。

 しかし長年、黒い雨を浴びた記憶は心にしまっていた。漠然とした差別への恐れから、地元では「原爆のことは話しちゃいけない」と示し合わせていた。結婚しても、口を閉ざし続けた。

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