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今よみがえる森鴎外

/17 ロマンスの理解者 旺盛な創作前の無愛想さ=作家・中沢けい

 <文化の森 Bunka no mori>

 「普請中」は明治四十三(一九一〇)年六月に『三田文学』に発表された短編小説だ。この小説を読んでなんと無愛想な小説だろうと呆気(あっけ)にとられる人もいるにちがいない。

 往年の恋人だったらしいドイツ語を話す女性歌手と日本の官吏渡辺参事官が東京・木挽町から少し入ったところにある精養軒ホテルで食事をするという短編。伴奏者の男としばらくウラヂオストックで仕事をしていた歌手はこれから米国へ渡るところ途中で東京に立ち寄ったと言う。女は渡辺の欧州滞在時代の恋の思い出を呼び起こそうとするが、渡辺参事官は「日本は普請中だ」と華やかな心持ちにもなれなければ、嫉妬心含みの恋のかけひきもできない心境で、愛想もない。実際、精養軒は普請中で、女が現れる少し前まで、大工仕事の音がだいぶ賑(にぎ)やかに響いていたのである。筋書だけを言えばそっけない短編だが、文章の底のそのまた下に東洋から欧州へ行った青年の華やかな恋の思い出がひっそりと沈んでいる感じが心地よい作品になっている。「燈火の海のやうな銀座通を横切つて、ヱエルに深く面を包んだ女を載せた、一輛(りょう)の寂しい車が芝の方へ駈(か)けて行つた」という末尾の一行は忘れがたい味があり、銀座から帰宅する車のなかでふと思い出すことがある。

 『三田文学』創刊はこの年の五月のことで、鷗外が慶応義塾大学文学科顧問として永井荷風を教授に推挙したのはやはり同じ年の二月のことだった。慶応の教授として与謝野晶子を推挙しようとしたのも、この頃のことだ。与謝野晶子は鷗外の申し出を固辞したうえで鉄幹を推挙してほしいと頼んだそうだが、鷗外は鉄幹はいらないと言ったとか。恋を表現できる女性の才能を欲していたのだろうか。樋口一葉が亡くなった時に、その才能を惜…

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