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広島・長崎原爆

1945年8月、広島・長崎へ原爆が投下されました。体験者が高齢化するなか、継承が課題になっています。

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高校生ら「人間の鎖」 まぶたの惨状訴える被爆者 長崎 祈りの朝

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 原爆投下から75年となった9日、長崎市は朝から犠牲者を思い、平和を誓う市民の祈りに包まれた。

 同市松山町の爆心地公園では早朝、国連に核兵器廃絶を求めて署名を届けている「高校生平和大使」など若者が集会を開いた。高校生たちは原爆落下中心地碑を囲んで手をつなぐ「人間の鎖」で核兵器廃絶への思いを表現。今年は新型コロナウイルス感染拡大防止のため、手袋をつけた手でリボンを握って円を描き、献花、黙とうして原爆で亡くなった人たちを悼んだ。

 近くの平和公園にも原爆犠牲者の遺族や友人が早朝から次々に訪れ、平和祈念像の前で手を合わせた。長崎県大村市の高嶌ミヤ子さん(92)は「長崎青年師範学校2年生の時、爆心地から1・8キロの東北郷(現住吉町付近)の寮で被爆し、2歳下の弟と母を1年後に相次いで亡くした。黒焦げになった同級生の姿は今も忘れない。犠牲者だけでなく、生き残った人も苦しみ続けている」と話した。

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【広島・長崎原爆】

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