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広島・長崎原爆

1945年8月、広島・長崎へ原爆が投下されました。体験者が高齢化するなか、継承が課題になっています。

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「被爆者には、限られた時間しかない」 平和への誓い 長崎祈念式典

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 長崎市で開かれている長崎平和祈念式典で、被爆者代表の深堀繁美さん(89)=長崎市=が今年の「平和への誓い」を読み上げた。

 全文は次の通り。

 原爆が投下された1945年、旧制中学3年生だった私は、神父になるため親元を離れ、大浦天主堂の隣にあった羅典(らてん)神学校で生活をしていました。中学校の授業はなく、勤労学生として飽の浦町の三菱長崎造船所で働く毎日でした。

 8月9日、仲間とともに工場で作業をしていた時、突然強い光が見え、大きな音が聞こえました。近くに爆弾が落ちたと思い、とっさに床に伏せましたが、天井から割れた瓦が落ちてきたので、工場内にあるトンネルに逃げ込みました。夕方になり、トンネルを出て神学校に帰りました。夜遅くには浦上で働いていた5人の先輩が帰ってきましたが、1日もたたずに全員が亡くなりました。

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【広島・長崎原爆】

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