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広島・長崎原爆

1945年8月、広島・長崎へ原爆が投下されました。体験者が高齢化するなか、継承が課題になっています。

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「永井隆先生に命をいただいた」 長崎原爆を生き残った放射線技師、語り始めた平和

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原爆投下時刻に永井隆博士の墓前で手を合わせる友清史郎さん=長崎市で2020年8月9日午前11時2分、矢頭智剛撮影
原爆投下時刻に永井隆博士の墓前で手を合わせる友清史郎さん=長崎市で2020年8月9日午前11時2分、矢頭智剛撮影

 「史郎ちゃん、昼飯には早いがご飯食べよう」。長崎市に原爆が投下された1945年8月9日午前11時2分の直前、そう声をかけられて建物内に入り、九死に一生を得た人がいる。当時18歳だった友清(ともきよ)史郎さん(93)=同市=だ。声をかけたのは戦後、被爆者の医療や援護に尽力した永井隆博士(08~51年)だった。「先生、ありがとうございました」。9日、友清さんは永井博士の墓前で妻と手を合わせた。

 友清さんは長崎市の長崎県立瓊浦(けいほ)中を卒業した後、父と親しかった永井博士の勧めで、放射線技師見習いとして長崎医科大(現在の長崎大医学部)に勤めていた。

 8月9日午前は病院…

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