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東京へ ともに歩む

毎日新聞

体育館での練習を再開し、笑顔を見せる車いすラグビーの倉橋香衣=日本車いすラグビー連盟提供

パラアスリート交差点

車いすラグビー・倉橋香衣「楽」 3カ月ぶりの競技用車いす「こんなに転がるんだ」

 約3カ月ぶりにラグ車(競技用車いす)に乗り、体育館を走ったのは6月22日のことでした。日常生活用の車いすで自宅の近所を散歩する日々だったので、「こんなに(車輪が)転がるんだ」などと、体験会に参加した競技初心者のような感想を抱きました。それほどブランクがあったのだと実感すると同時に、心地よく走る感覚がよみがえり、1年後の東京パラリンピックを目指し、さらに1段も2段もステップを上るため、努力を続けようと決めました。

 新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、3月に東京パラリンピックの1年延期が決まりました。私にとってはリスタートを切れるチャンスをいただけたのかもしれないと、前向きに受け止めています。

 延期決定直前も、コンディション不良に悩まされていましたが、今年8月にパラリンピックが迫っていたため、体を休ませつつ、だましだましでトレーニングを重ねていました。体は悲鳴を上げていたのですが、日本代表のために「もっと頑張ってプレーした方がいいのかもしれない」と悩みながらプレーし、状態が不安定になるという悪循環に陥っていました。

 そういう状況だったので、延期を受け、リハビリに専念することを即断しました。コンディション不良は日常生活に影響を及ぼすこともあったので、4月の緊急事態宣言後は、週3~4回行われる病院でのリハビリと、自宅でのトレーニングに専念しました。重度の障害がある私が感染した場合、死の恐れすらあるので、必要最低限の外出にとどめるなど感染対策は徹底しています。幸いにも自動車の運転はできるので、移動での感染リスクは抑えられています。

体育館での練習を再開した車いすラグビーの倉橋香衣=日本車いすラグビー連盟提供

 6月からは週に1~2回の頻度で他の強化指定選手と合同練習を行っています。軽めのメニューをこなす私の横で、試合形式で激しくプレーする仲間の姿を見ると、もどかしさが募ることもあります。

 でも、今は我慢。また無理をすると、東京パラリンピックが遠のいてしまいます。もう悪化させない、後がない。そういう気持ちでいるので、しっかりと体調を戻し、体をつくり上げます。試合勘を取り戻し、コート上での感覚を深め、最高の状態で来年8月を迎えたいです。代表選考では厳しい立場だと自覚していますが、燃えています。

 もちろん、先の見えない状況に不安もありますが、いかに向き合うのか。その力が今、問われているので、成長につなげたいと思います。

 感染拡大前も、今も、私には支えてくれる人がいて、恵まれた環境を与えられています。手料理を送ってくれる母や祖母ら家族、生活を支援してくれるヘルパーさん、体をみてくれる医師や看護師、トレーナー……。ありがたさを痛感しました。恩に報いるためにも、私らしく前向きに、東京パラリンピックでの金メダルを目指していきます。(あすは車いすバスケットボールの鳥海連志です)

くらはし・かえ

 神戸市出身。小学1年から高校までは体操に取り組み、文教大でトランポリンに転向。大学3年だった2011年、トランポリンの練習中に頸髄(けいずい)を損傷し、鎖骨から下の多くの機能を失った。15年から本格的に車いすラグビーを始め、18年世界選手権で日本の初優勝に貢献。29歳。