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拝啓・戦争の時代から~75年後のあなたへ

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/1(その1) 食堂の「母」慕う350通 海軍兵士から軍事郵便

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「亡くなった人は無念だったでしょうね」。海軍兵士から青山食堂に宛てた手紙を見つめる青山はなさんの孫、広さん=愛知県豊橋市で、兵藤公治撮影
「亡くなった人は無念だったでしょうね」。海軍兵士から青山食堂に宛てた手紙を見つめる青山はなさんの孫、広さん=愛知県豊橋市で、兵藤公治撮影

 太平洋戦争中、愛知県豊橋市の海軍航空隊近くに一軒の食堂があった。戦時にこの食堂に届けられた大量の軍事郵便がある。軍の検閲印があり、褐色になったハガキには「母さん」と呼びかける言葉が並んでいた。宛先は「青山食堂」。差出人は飛行訓練などを受けた海軍兵士たちだ。

 便りは国内外の配属地から届けられた。一度は散逸したものの、古物商を経由して数カ所から「軍事郵便保存会」(兵庫県明石市)が昨年入手した。豊橋で過ごした日々を振り返るハガキを1枚ずつ読むと、青山はなさんが食堂を切り盛りし、10代の娘たちが手伝う様子が目に浮かんでくる。

 「母さんには本当に御世話様に成りました」「本当の母に接する如(ごと)く一日を過ごしたものでした」とはなさんを慕っていた。「笑(えみ)ちゃん」「哲ちゃん」「峰ちゃん」。はなさんの娘たちを妹のように呼んで思い出をつづったり、病にふせったことを知って心配したり。文通した形跡もあった。

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