首里城地下に残る司令部壕、公開求める声高まる 住民の命運を決めた戦跡

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 太平洋戦争末期の沖縄戦で首里城(那覇市)地下に掘られた旧日本陸軍第32軍の司令部壕(ごう)について、公開を求める声が高まっている。沖縄戦では米軍の猛攻を受けた日本軍が沖縄本島南部に撤退して持久戦を展開したため、住民の犠牲が拡大した。壕は住民の命運を決定づけた重要な戦跡。管理する沖縄県は「安全面から公開は困難」としてきたが、昨年の首里城火災を契機に高まった世論を受け、有識者委員会で公開の可否を改めて検討する。

 暗く狭い壕の底を湧き水が流れる。通路脇の小部屋にさびた鉄かぶとや銃身が残り、当時設けられたトロッコのレールの枕木も確認できる。戦後75年の2020年6月30日、報道各社を代表してNHKが司令部壕の内部を撮影した。公開は09年以来、11年ぶり。壁や天井には崩落の跡が見られ、入り口から約150メートル奥で土砂が堆積(たいせき)して行き止まりに。日本軍が撤退時に爆破した跡とされる。

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