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東京へ ともに歩む

毎日新聞

合宿地の長野県でトラックを疾走するパラ陸上の高桑早生=NTT東日本提供

パラアスリート交差点

陸上・高桑早生「その先へ」 みんなが「楽しい」 1年後に訪れますように

 新型コロナウイルスの影響で2カ月以上もトレーニングが制限され、自分自身と対話し、考えを巡らせました。

 自分はなぜ陸上をしているのか、どこまでやりたいのか……。はっきりとした答えは出ませんでしたが、東京パラリンピックという目標がある限り、そこへ向けて一歩ずつ歩んでいくしかない。そこが着地点でした。新型コロナの影響による東京大会延期は、私がコントロールできることではないし、仕方のないことです。前向きに受け止め、毎日を大切に過ごしていこうと決意しました。

 もう1年、準備ができる。よかった――。延期を受けて、そう思っています。というのも、世界選手権で東京パラリンピックの代表内定を得られなかった2019年11月以降、精神的にダメージを受け、今年3月に岡山市で行われるはずだったレースで好記録を出そうと神経質になり、焦りもあったからです。

 一度、立ち止まってみようかな。新型コロナの影響を受け、3月末から自宅で過ごすようになり、気持ちが落ち着きました。何かに追われたり、先を見過ぎたりするのではなく、その日、自分にできることをより丁寧にこなそうと考えるようになりました。

 1年の猶予という貴重な時間を雑に過ごさないように心掛けています。時間がある分、逆にいくらでも雑に時間を消費してしまうという隙(すき)が生じやすいと思うので、自分を戒めています。

合宿地の長野県での練習後、「ママアスリート」として知られる陸上の寺田明日香(右奥)らとアイシングする高桑早生(左)=NTT東日本提供

 3月末から東京都内の自宅でトレーニングを続け、緊急事態宣言が解除された6月以降はようやく、競技場での本格的な練習を再開することができました。自宅周辺では十分なスペースを確保できず、ダッシュも満足にできなかったので「思い切り走りたい」と思っていました。その思いが、緊急事態宣言解除後の自分に、よい方向へ作用すると考えていましたが、まさにそうでした。今は、走れるだけで充実感を覚えています。

 けがをしないよう、再始動には慎重を期しており、まずはスパイクを履かずに、ゆっくりとしたペースで100メートルを10本走るメニューを約3週間続けました。徐々に体を慣らし、7月下旬からは長野県で合宿。ここまでは順調です。日本パラ陸上選手権が9月に故郷の埼玉県熊谷市で開催される予定なので、その試合を楽しみに調整を進めます。

 東京パラリンピックでは、会場の国立競技場が満員となるくらいに陸上を盛り上げたいと、ずっと思ってきました。でも、密集を避けるため、それはかなわないかもしれません。1年後、コロナ禍を乗り越えられているかも分かりませんが、世界中の関心が集中する大イベントが、オリンピック・パラリンピックです。みんなが同じ方向を向き「楽しい」と共有できる瞬間が、1年後に訪れますように。(新型コロナウイルスの影響で休載していましたが、再開します。あすは競泳の山田拓朗です)

たかくわ・さき

 埼玉県熊谷市出身。小学6年で骨肉腫を発症し、中学1年で左脚膝下を切断した。慶大2年だった2012年、ロンドン・パラリンピックに初出場。15年世界選手権では走り幅跳びで銅メダルを獲得した。16年リオデジャネイロ・パラリンピックは同5位、100メートル8位、200メートル7位。NTT東日本所属。28歳。