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スポーツ選手が現役引退後に迎える第二の人生。なぜその道を選んだのか、迫ります。

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転職3度、エレベーター整備工に 3冠王の背番号継いだ大型スラッガーの葛藤

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エレベーターの保守・点検のため作業着に身を包む高橋智さん=本人提供
エレベーターの保守・点検のため作業着に身を包む高橋智さん=本人提供

 保守点検だけではない。エレベーター整備工の高橋智さん(53)は故障の知らせを受けると、大きな体を折りたたむように車のハンドルを握り、現場へと急ぐ。身長194センチの元プロ野球選手で、現役時代は「デカ」の愛称で親しまれた。生活を襲ったリーマン・ショック、3度にわたる転職……。子育てもマイホーム購入も、第二の人生からだった。【村上正】

「2人目の子でようやく目が覚めた」

 全身をコバルトブルーの作業着に包む。頭には暗闇を照らす小型の懐中電灯付きのヘルメット。腰には事故防止のため、命綱のロープとフックからなる安全帯をつける。食べ盛りの子どもたちを養うため、エレベーター整備の仕事にたどり着いた。

 「楽観的で、第二の人生を全く考えていませんでした。あわよくば日本球界で指導者になれると思っていましたが、相当甘かった。引退した年に長男は生まれたのですが、仕事の電話はほとんどかかってきませんでした。長男を寝かしつけ、家のソファに座って天井を眺めることも多かったですね」

 高卒でプロ野球選手になって17年。オリックス、ヤクルトで活躍し、ベストナイン1回、オールスターゲームにも2回出場した。最高年俸は5000万円で、神戸や東京の街をベンツで駆け抜けたこともある。台湾球界を経て2002年に35歳で引退後、社会の厳しさを知った。野球解説の仕事は月に1、2回。7歳下の妻の実家がある名古屋市内にマンションを借りた。

 「1年間は定職に就かず、妻からは『野球の仕事が待ってもないなら、普通のサラリーマンとして働いてよ』と言われるようになりました。妻のおなかの中には2人目もできて、ようやく目が覚めたんです」

深夜のマッサージ店、世界不況を受けた工場

 1度目の転職は長男が1歳になる年。名古屋市中心部の歓楽街、錦のマッサージ店だった。居酒屋や風俗店が並ぶ通りの雑居ビル2階の一室。整体師として白衣に身を包んだ。

 「元プロ野球選手の紹介でした。力もあるし、マッサージならできると思ったんです。給料は現役時代の10分の1ほど。酔っ払った客ばかりでまともに体をもむことなく、寝かせているようなものでした」

 営業時間は午後10時から翌朝7時まで。生活は昼夜逆転した。帰宅すると元気いっぱいの長男が待っていた。仮眠もわずかで、まともな休みもなかった。

 「1年近く働いた時でした。お客さんだった1歳下の鉄鋼業の社長がプロ野球ファンで、自分が働いているのを知って来てくれていたんです。マッサージしながら身の上話をしていると…

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