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社説

戦後75年を迎えて 歴史を置き去りにしない

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 75年前のきょう、日本は戦争に敗れた。無謀な戦争による犠牲者は日本だけで310万人以上にのぼり、アジアでは2000万人を超えるとされる。

 日本は惨禍を重く受け止め、平和国家としての歩みを続けてきた。その方向性はどれほどの時を経ようとも変えるものではない。

 ただ、時間の風雪は過酷だ。戦後生まれの世代は日本の総人口の85%になり、戦争の不条理を体験者から聞くことができる時代は終わりつつある。日本が針路を誤った記憶は「昔話」と化す。

 だからこそ、戦争の実相を語り継ぎ、国民の中でしっかりと共有していく必要がある。

 開戦時、日本が思い描いていた展開はこうだろう。

 --緒戦で米艦隊に大打撃を与え、東南アジアの要衝を押さえ戦いに必要な資源を確保する。米軍が反攻を始める前に、米国民は戦争に嫌気が差す。日本の同盟国であるドイツがソ連に勝利し、米国と有利な条件で講和を結べる。

 希望の羅列に近い。

目と耳を塞がれた国民

 別の分析もあった。

 対米開戦前の1941年8月、当時の軍部、官僚、民間の中堅、若手の精鋭を集めた「総力戦研究所」が戦争した場合のシミュレーションを行い、必ず負けるという分析を内閣に報告した。

 これに対し、東条英機陸相は「戦というものは計画通りにいかない」と退けたという(猪瀬直樹著「昭和16年夏の敗戦」)。

 東条はまもなく首相になり、対米開戦に踏み切る。

 ただ、軍部の独走だけにとらわれず、開戦の背景にあるものにも目をこらす必要がある。見過ごせないものの一つがポピュリズム(大衆迎合主義)だ。

 昭和天皇は開戦前の国内状況についてこんな発言を残している。

 「若(も)しあの時、私が主戦論を抑へたらば、国内の与論は必ず沸騰し、クーデタが起つたであらう」(「昭和天皇独白録」)

 極東国際軍事裁判の開廷前の聞き取りであり、自己弁護的との指摘もある。だが、発言は国民の熱狂の強さを伝えている。日米開戦の報に接した高揚感を日記や詩に記した文化人も少なくない。

 開戦に意気上がる世論について、東京大の加藤陽子教授(日本近現代史)は「満州事変以来10年、国民は反英米の言説ばかり聞かされてきた。交渉による妥協などには耳を貸せなかった」と語る。

 全体主義が進み、治安維持法をはじめとした弾圧立法、抑圧機構が反戦、反権力的な動きを抑え込んだ。国民は目と耳を塞がれたような状況下に置かれ、「挙国一致」のかけ声の中で開戦に付き従う空気が醸成された。

 ポピュリスト政治家が高揚する世論に乗じて影響を広げた。メディアも偏狭なナショナリズムをあおる報道を展開した。

過去との尽きぬ対話を

 戦後の国際秩序は今、大きく揺らいでいる。米中の対立は世界史で繰り返されてきた新旧勢力の衝突に向かうかのようにも見える。

 中国や北朝鮮に示威的な行動を見せつけられると、勇ましい声が勢いを増しかねない。

 その時に支えとなるのは、戦争の真の姿に対する理解だろう。イデオロギーを先行させたり国家のメンツにこだわったりせず、「負の歴史」との尽きることのない対話から得る理性が重要となる。

 開戦時、政府関係者の念頭を支配したのは日露戦争の成功体験だ。自らの弱点を正視せず、都合のいい歴史を思い出す精神構造が平和論を弱腰と排除した。

 表現や、思想、信条の自由を保障した憲法を持ち、主権者である国民が政治の行方を決定できることがあの時代とは異なる。その権利を使って、国の行く末を冷静に見つめ、おかしいと思えば今はためらわずに発言できる。

 新型コロナウイルスの感染が拡大し、日本国内の死者は1000人を超えた。何の罪もない家族や知人がある日突然、命を奪われる体験をした人もいる。

 「非常時」「有事」などの比喩が使われ、戦時的な思考が顕在化した。その中で、国家は何をすべきかを問い、その対策に厳しい目を注ぐ国民が全体でこれほどまでに増えたのは、戦後75年にして初めてではないだろうか。

 気づきを得て、国のありように関心を持つ市民が社会を強くする。平和国家の道程を未来に確かに引き継ぐ夏にしたい。

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