忘れられる空襲犠牲者 国の無策に批判

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福岡市社会福祉協議会に保管されている福岡市戦災死没者慰霊塔合祀者調査表=福岡市中央区で2020年8月11日午後2時35分、田鍋公也撮影
福岡市社会福祉協議会に保管されている福岡市戦災死没者慰霊塔合祀者調査表=福岡市中央区で2020年8月11日午後2時35分、田鍋公也撮影

 太平洋戦争末期に大規模空襲があった107自治体への調査で、空襲による死者のうち氏名を公的記録で確認できるのは6割にとどまった。戦後75年が経過して遺族の高齢化や資料の散逸が進み、戦争被害の全容解明は年々難しくなっている。死者の生きた証しを残そうと地道な調査に取り組む市民グループや自治体からは国の無策を問う声が上がっている。

 民間人の空襲被害は全容が分からず、戦後、当時の第一復員省や経済安定本部の調査でも20万~50万人台でばらつきがあった。元軍人・軍属は国の戦後補償に伴って記録が作られたが、民間の被害者には補償がなく、調査もされず放置されてきたためだ。

 戦時中は戦時災害保護法で軍人・軍属と民間人の区別なく保護対象とされたが、戦後は連合国軍総司令部(GHQ)の下で廃止され、1952年発効のサンフランシスコ講和条約で日本は米国への損害賠償請求権を放棄した。

 国は今日まで元軍人・軍属やその遺族には補償・援護を続けており、その額は累計約60兆円に上る。一方で被爆者を除く空襲などの被害者は国と雇用関係になかったことを理由に援護措置がなく、長年の求めにかかわらず被害の全容調査も進められなかった。

 今回の調査で、死者の一部でも氏名を確認できる公的資料が「ある」と回答…

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