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余録

俳優になって9年目の1974年は…

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 俳優になって9年目の1974年は、渡哲也(わたり・てつや)さんには波乱の年だった。NHKの大河ドラマ「勝海(かつかい)舟(しゅう)」に主役として出演しながら、2年前に発症した肋膜炎(ろくまくえん)が悪化、松方弘樹(まつかた・ひろき)さんを代役にして途中降板となった▲肝臓病も併発した入院中に、今度は前年発売のレコード「くちなしの花」が意外な大ヒットとなる。退院後は紅白歌合戦に出場する浮沈の激しい年となった。後年の足の負傷や直腸がん、晩年まで続いた病との闘いの始まりであった▲「あるがままに受け入れ、自分のできることを見つけ出す」。病と向き合う気構えをそう語っていた渡さんである。小児がん征圧キャンペーン「生きる」での子どもたちへの励ましは、がんを克服した自らに課したミッションだった▲「第二の石原裕次郎(いしはら・ゆうじろう)」とはデビュー当時の売り出し文句である。実際に日活で裕次郎に兄事した渡さんは、映画「無頼」シリーズなどで言葉通りの存在感を示した。だが当時すでに映画界は斜陽化し、裕次郎の石原プロへと身を投じる▲そのテレビのヒット作「西部警察」ではタフな刑事役で人気が沸騰した渡さんである。裕次郎の死で石原プロの社長を引き継ぐ際は、俳優としての自分を殺す覚悟もあったという。自ら引き受けた「第二の裕次郎」という運命だった▲後にがんを克服しての「誘拐」「時雨の記」などの映画では円熟の演技を見せてくれた。華麗な昭和の大スターの残光をあえて背に負い、渋く端然(たんぜん)としたたたずまいを人々の心に残した名優の生涯である。

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