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映画「糸」 めぐり合い、紡ぐ愛 中島みゆきの名曲、モチーフに あす全国公開

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漣(菅田、右)と葵(小松)は13歳の時に出会って恋をするが、引き離されて8年後に再会。その後、それぞれ別の人生を歩み始めていた=(C)2020映画「糸」製作委員会 拡大
漣(菅田、右)と葵(小松)は13歳の時に出会って恋をするが、引き離されて8年後に再会。その後、それぞれ別の人生を歩み始めていた=(C)2020映画「糸」製作委員会

 中島みゆきの名曲をモチーフにした映画「糸」(毎日新聞社など製作委員会)が21日、全国公開される。平成元年生まれの男女の出会いと別れ、すれ違いの日々を、北海道の美瑛や函館、東京、沖縄、シンガポールを舞台に描いた壮大な感動作だ。主演は人気、実力ともに若手トップの菅田将暉と小松菜奈。コロナ禍で不安な日々に身を置くすべての人々に、人が人を思うことの素晴らしさ、生きていく中での切なさや悲しみ、人を愛することのかけがえのなさが、じんわりと心に染み渡る。今の時代だからこそ、愛すること、愛されること、そして生きていくことの尊さに思いをはせ、人に寄り添う大切さを描ききった愛の映画になった。

引き継がれる物語

漣(菅田)は北海道で生きていくことを決意し、地元でチーズ職人を目指していた 拡大
漣(菅田)は北海道で生きていくことを決意し、地元でチーズ職人を目指していた

 楽曲「糸」は1992年のアルバム「EAST ASIA」に収録されて以降、ドラマで使われたり、120組を超えるアーティストがカバーしたりするなど、圧倒的な支持を受けている。中島みゆきには「時代」「地上の星」など長年にわたって歌い継がれる名曲が多数あるが、その中でも「糸」の普遍的な歌詞と柔らかなメロディーは時代や世代を超えて愛され、歌われ続けている名曲中の名曲だ。

葵(小松)はシンガポールでネイリストになり、親友の玲子(山本)とネイルサロンの経営を始めた 拡大
葵(小松)はシンガポールでネイリストになり、親友の玲子(山本)とネイルサロンの経営を始めた

 映画はその歌詞に触発されたラブストーリーで、楽曲と同様に幅広い世代に受け入れられる物語になっている。主演2人の職業は、漣(菅田将暉)はチーズ職人、葵(小松菜奈)はキャバクラ嬢やネイリスト、周囲の事柄も、海外での起業、子ども食堂、三つ星レストラン、投資ファンド、児童虐待などここ数年注目されてきた職業や事象が並ぶ。旬な職業であり、複雑に入り組んだ現代だからこそ、漣の妻になる香(榮倉奈々)、葵と恋愛関係になる水島(斎藤工)らの生き方、生きざまが映画の中で幾重にも折り重なり、厚みと深みのある物語を形作っている。

 舞台となる街のコントラストも際立っている。絵になる風光明媚(めいび)な景色が、映画のテンポを彩るだけではない。美瑛の丘の美しさと空気感、港町函館のたたずまい。時間が止まったかのような沖縄の砂浜や人々。躍動感にあふれ人の息づかいが充満している東南アジアの国際都市シンガポールやネオンが輝く東京。そこで仕事をして生きるとはどういうことか、登場人物それぞれの確かな意思や境遇、思いが、映像の隅々から伝わってくる。

懸命に生きる姿

 漣や葵だけでなく、映画の中の誰もが懸命に今を生きている。病気や裏切り、事業の失敗があっても、はい上がってくる。この映画のもう一つのテーマは、必死に生きること、そして、一度倒れても地道に努力していくことだろう。劇中、これも中島みゆきの名曲「ファイト!」をカラオケで歌うシーンが2度出てくる。1回目は香が、2回目は漣の幼なじみで親友の竹原(成田凌)が歌う。決してうまく歌っているのではない。うまくいかない人生への叫びである。ドキッとするような歌詞の後に、「それでも負けずに生きていく」という決意を感じる。一緒に歌う仲間がその背中を押して「ファイト!」と声を重ねる。カラオケで歌うだけなのに、楽曲の持つ力が、俳優たちの歌いっぷりと内なる心に合致し、実にいいシーンになっている。

言葉に託した思い

漣(菅田)はチーズ工房の先輩の香(榮倉)と結婚し、娘の結も生まれた 拡大
漣(菅田)はチーズ工房の先輩の香(榮倉)と結婚し、娘の結も生まれた

 心に残る映画には、心に響くセリフがある。そのセリフで映画の印象が大きく変わる。後半、香が幼い娘、結に伝える。「泣いている人や悲しんでいる人がいたら、抱きしめてあげられる人になりなさい」。その言葉は、本作の終盤に欠かせない意味を持つ。香は漣にこうも言う。「運命の糸ってあると思う。たまにほつれて、切れることもある。でもまた、何かにつながる。生きていれば必ず何かにつながる……」。このセリフに込めた香の思いを、榮倉が透明感たっぷりに表現して感動的だ。榮倉だけではない。漣が葵に何度もかける「大丈夫」という言葉にも、複雑な思いが宿る。瀬々敬久監督は起伏の激しい展開になっても、セリフの一つ一つを大事にし、俳優たちがそれに応えている。

 激動の半生を演じるのが葵役の小松菜奈だ。大学生になって東京で漣と再会した時の複雑な表情、シンガポールで華やかさとともに身につけた生きる自信、とりわけ、事業で決定的な問題にぶちあたり、場末のフードコートの日本食屋で一人でカツ丼を食べながら涙するシーンは秀逸だ。大きな口を開けてカツ丼にかぶりつく姿から感情があふれ出す。打ちひしがれても立ち上がる強さのようなものも垣間見えて圧巻の演技。小松が本作で見せる表情の幅は数え切れないほどだ。

 見どころはほかにも満載。中学時代の漣と葵の初々しさ、結役の少女のけなげさ。主役級の俳優が並ぶ豪華な共演陣の中でも、子ども食堂の女主人(倍賞美津子)が圧倒的な存在感を見せ、映画全体を引き締めた。東日本大震災やリーマン・ショック、オバマ米大統領の就任など時代を取り込んだ演出に、自らの人生を重ねる観客も多いだろう。観客一人一人にとっての「糸」(=愛)を見つめるきっかけになるかもしれない。そんな映画だ。【鈴木隆】


あらすじ

 北海道美瑛町。高橋漣と園田葵は中1の時に出会い、初めての恋をする。しかし、葵は義父から虐待を受けていた。漣は夜逃げするかのように札幌に引っ越した葵を見つけ出し駆け落ちしようとするが、警察に保護され、引き離される。8年後、チーズ工房で働く漣は、東京での友人の結婚式で葵と再会する。しかし、葵は別の男と暮らし始めていた。漣は地元で生きることを決意し、工房の先輩と結婚し娘が生まれる。葵は男と離れ、シンガポールでネイリストとして仕事に打ち込む。2人は別々の人生を歩み始めていた……。


Inspired by 中島みゆき「糸」

原案・企画プロデュース:平野隆

監督:瀬々敬久

脚本:林民夫

撮影:斉藤幸一

照明:豊見山明長

美術:井上心平

録音:高田伸也

音楽:亀田誠治

出演:菅田将暉、小松菜奈、山本美月、高杉真宙、馬場ふみか、倍賞美津子、永島敏行、竹原ピストル、二階堂ふみ、松重豊、田中美佐子、山口紗弥加、成田凌、斎藤工、榮倉奈々ほか

上映時間:2時間10分

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