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論点

「脱東京」地方の目

 人口の東京一極集中が止まらない。日本の総人口は減っているのに東京だけが増えている。新型コロナウイルスの感染が首都圏に集中する背景に、この過密状態があることは明らかだろう。長年、一極集中の弊害が叫ばれながら、何が地方への分散、移住を妨げるのか。地方の目で「脱東京」を考える。【聞き手・森忠彦】

 上士幌町が移住対策を本格的に始めたのは、戦後生まれの団塊世代が大量に退職する「2007年問題」が契機だった。都会に出た退職者たちが大量にふるさとに回帰するという予測のもと、多くの自治体が受け入れ準備を始めた。豊かな山林資源で栄えた我が町は1955年の1万3608人をピークに戦後は一貫して人口が減少してきた。Uターン組に限らず、若い世代に都会から移住していただくためには、まず町の生活を知ってもらうのが一番。短期の「生活体験」をしていただいたが、定住につながったのは十数%。それでも他自治体よりは高い。「空気がきれい」というだけではなかなか定住は進まない。職場や住居整備、コミュニティーとの共生が欠かせないことを痛感した。

 転機となったのは13年に一気に増えた「ふるさと納税」だ。前年の15倍に当たる2億4350万円もの寄付金が入り、これをもとにした「子育て・少子化対策夢基金」を設け、「こども園の保育料無料化」や「小学校の少人数学級」「高校生までの医療費無料化」などを進めた。寄付金はその後も毎年約15億~20億円に膨らみ、成人向けの「生涯活躍いきがい基金」で、医療や介護、健康増進に向けた取り組みも進めている。14年に5000を切った人口だが、15年からは町外、多くは道外からの移住による社会増が5年連続で2ケタで増えている。少子高齢化に伴う自然減はやむを得ないとして、何らかの取り組みをしなければ減る一方だっただろう。

 寄付者に対しては毎年、東京などで「感謝祭」を開いている。今年も2月に約70人の町民が上京し、上士幌ファンの方たちと交流した。私はよく「グラウンドの住民は5000人だが、我々にはスタンドに10万人の応援団がいる」と説明するが、この応援団こそが「関係人口」だろう。感謝祭では移住相談や体験ツアーの案内も行う。何よりもまずは町に来ていただくことが移住の第一歩となる。

 定住を定着させる上ではNPO運営の「上士幌コンシェルジュ」の存在が大きい。お試し暮らしの人たちは毎月開く「誕生会」を通して、先輩移住者から大自然の中でこの町で暮らすことの苦労と共に楽しさを学ぶ。等身大の悩みや相談ができる身近な関係があることは何より心強いはずだ。

 力を入れてゆくのが「テレワーク」と休暇を組み合わせた「ワーケーション」だ。町内全域に光回線を敷き終え、現在、5G時代に沿ったより快適なネット環境の整備を進めている。6月には町営の「シェアオフィス」も開業した。窓の外にナイタイ高原が広がるオフィスは、町内にサテライトを構える契約企業だけでなく、一般旅行者の利用も可能だ。町内には「ぬかびら源泉郷」などの観光地もある。本州が花粉症で悩まされる時期や、夏季休暇を涼しい空気の中で迎えてはどうだろう。

 新型コロナウイルスの影響で都会ではテレワークが広がっているようだが、「自宅でワーク」にとどまるのではなく、大自然の中で、都会と同じ情報通信環境の中で仕事をしていただきたい。まさに新しい生活様式ではないか。

 2003年、東京でIT関連のベンチャー「サイファー・テック」を起業したが、当初は知名度もなく、人材採用難が続いた。やがて「東京で資金も規模も小さいベンチャーが、大企業と同様に戦うことの愚かさ」に気付いた。11年に東日本大震災が起こり、さまざまな意味で従来の価値観が崩れてゆく中で、IT環境が整った故郷でのサテライトオフィス開設を思い立った。

 徳島県が地デジ対策として全県で進めたケーブルテレビ整備に伴う光回線環境のよさは、IT企業には好条件だった。美波町は南海トラフ地震が起これば大きな被害が想定される地域。工場誘致に応じる大企業もない。しかし、ITベンチャーなら万事が身軽だ。「都会で通勤に費やす時間を生かせばサーフィンができる」とPRしたら、都会から技術を持った若者が多数応募してくれた。

 12年にサテライトオフィスを作り、翌年には本社も移した。一方で、自らの経験を生かして過疎地の課題解決に取り組む会社「あわえ」も起業した。現在、県外からの移住者を中心にした計12人が美波本社と東京オフィスなどで勤務する。美波町に進出した企業はITをはじめ20社に上っている。

 徳島県南部は、お遍路さんを迎えてきた伝統のためか、「来るものを拒まず、去る者を追わず」という独特の気風がある。漁師町のために開放的だし、農産物も育つ。基本的に食うに困らない豊かさがある。ただ、田舎の生活には都会と違って地域と濃厚な関わりが必要で、これが思いのほか忙しいのだが、それを魅力に感じて移住してくる若者もいる。

 我々も初期の社員が草刈りや祭りの手伝いなどの「地域ごと」を楽しんでくれたので住民との信頼関係が生まれ、その後の仕事もやりやすくなった。よく「過疎地には仕事がない」と言われるが、高齢化が進む過疎地だからこそ必要とされる仕事がたくさんある。

 定住者のほか、定期的に東京と徳島を往復しながら従業している職員もいる。学齢期の子どもがいる家庭の場合、転校が家族を伴った移動の障壁になりがちだが、徳島は他県を含めた異なる地域間で住民票を移さなくても小中学生が複数の学校に通うことを認める「デュアルスクール(2拠点学校)制度」を導入している。これまでに全県で累計8家族がこの制度で就学・生活体験をしてきた。

 政府の地域創生戦略は、少し前までは「地方定住促進」が中心だったが、最近は「関係人…

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