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愛されたウッチー 飾らない言葉で振り返る元代表・内田篤人の14年

W杯南アフリカ大会に向けたアジア最終予選ウズベキスタン戦を前に練習する内田篤人=ウズベキスタン・タシケントで2009年6月4日、佐々木順一撮影

 同じ時代を過ごした本田圭佑や長友佑都のように野心をむき出しに雄弁に語ることはなく、ひょうひょうと自然な振る舞い。一方、勝負強い鹿島で育っただけあり「サッカーは結果がすべて」と軸はぶれなかった。現役引退を発表したサッカー元日本代表DF内田篤人(32)の歩みを、飾らない言葉とともに振り返る。

 静岡の進学校・清水東から2006年に鹿島入りした右サイドバックは開幕戦から先発で起用され、頭角を現す。病に倒れたイビチャ・オシム氏から岡田武史氏に日本代表監督が交代すると08年1月、チリとの強化試合で19歳にして日本代表にデビューした。

 「基本的に外国人はおっかない。負けないようにしたい。先のことを考える余裕はない。合宿に参加できただけでもプラスになるのに選ばれちゃって……。(出場後)緊張はしなかった。鹿島の方が緊張した」

 同3月、ワールドカップ(W杯)南アフリカ大会アジア3次予選のバーレーン戦前。ドバイでの練習では将来についてポツリと語った。

 「あと何年やりますかね。10年で30歳か。長いなあ」

 代表の強化合宿で選手は、練習後にシャワーを浴び、報道陣の取材に対応してからバスで宿舎に戻る。内田は他の選手より先に報道陣の前に現れ、世間話を含めて長時間、囲み取材に応じるのが常だった。代表で先発出場が増え、香川真司、森本貴幸ら年下の選手も代表に呼ばれるようになり、09年5月には当時18歳の山田直輝が選ばれた。

 「(山田は)目がクリクリしている。俺も(かわいいと)言われるけど、比じゃない。人気があっちに集中してもらえればいい」

 同6月、W杯出場を懸けた敵地ウズベキスタン戦前、緊張感を味わいながら勝負への思いを口にした。日本がW杯初出場を目前で逃した1993年の「ドーハの悲劇」当時は5歳で、記憶がはっきりしない。

 「世代的に(日本が)W杯に出られないのはピンとこない。出て当然だと思う。どんなサッカーをする? 勝てばいい。いいサッカーをしても、負けては仕方がない」

 W杯出場権を獲得し、帰国後の記者会見では内田らしさが垣間見えた。

 「出場する権利を日本は得たけど、俺は得たわけじゃないから。点に絡む決定的な仕事をしたい。本田さんとかを見ているとシュートを打つ……。でも、やっぱアシストが好きなんだよね」

 09年はコンディション不良が続いていた。W杯イヤーが幕を開けた10年1月、鹿児島・指宿での強化合宿から徐々に体調を戻していく。

 「去年は楽しくなかった。体調が悪くて、ボールを止められない、走れない。でも今年は楽しくやりたい」

 W杯メンバー決定前の同4月、鹿島のクラブハウスでインタビューに応じ、自身の性格について語った。

 「(根性は)見せたくはな…

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