中村吉右衛門さん 「双蝶々曲輪日記」を語る 義理とまことの親子の切ない情愛=完全版
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今回取り上げるのは「双蝶々曲輪日記(ふたつちょうちょうくるわにっき)」。公演が再開された東京・歌舞伎座の「九月大歌舞伎」第3部で八段目部分の「引窓(ひきまど)」が上演される。義理に絡められた家族の姿が描かれた名作。力士の濡髪(ぬれがみ)長五郎を演じる中村吉右衛門さんにお話をうかがった。
吉右衛門さんの本興行出演は同座の1月公演以来。
「最初は少し休めるからいいわ、と思っていたのが、ひと月たち、ふた月たち、半年たちますと、再開となっても体のエンジンがかかるかどうかが心配でした。打ち上げ花火に例えるなら、役者は花火師でも花火でもあります。舞台の上で花開かせ、皆さんに感動をお届けしたい。9月は挑戦のような思いも、初舞台のような思いもございます」
例年なら初代吉右衛門をしのぶ「秀山祭」のある月。「今回は『秀山祭』とは銘打てませんが、義理とまことの親子の切ない情愛の表し方をご覧に入れ、初代の顕彰にしたいと思っております」
「引窓」 わが子を思う母の気持ち 一幕に凝縮
「引窓」は「双蝶々曲輪日記」の肝とも言える場面だ。
人をあやめた濡髪は、追っ手から逃れて実母お幸の嫁ぎ先の南与兵衛(なんよへえ)の家を訪れる。お幸も義理の息子与兵衛の女房お早も濡髪を歓迎する。そこへ与兵衛が、父の名、南方十次兵衛(なんぽうじゅうじべえ)を継ぎ、郷代官に取り立てられて意気揚々と帰宅。お幸とお早は与兵衛に濡髪捕縛の命が下ったと聞いて驚く。
濡髪は有名な力士。恩人の息子を助けるために殺人を犯した。
「濡髪は早くに父親に死なれて養子に出され、相撲の世界の頂点に立ちました。意地から人を殺し、捕まる覚悟をし、最後にひと目でも母に会いたいという切ない気持ちでやってきた。そのわが子への母親の気持ちが凝縮された一幕です」
濡髪は与兵衛の家の2階にかくまわれているが、それを知らない与兵衛は、2階からのぞいた濡髪の顔が庭先の手水鉢(ちょうずばち)の水面に映るので驚く。お早は、とっさに開閉式の明かり取りの引き窓の綱を引いて夫に濡髪を見せまいとする。芝居の要所で引き窓が開閉され、重要な役割を果たす。
お幸から濡髪の人相書きを売ってくれと頼まれた与兵衛は、濡髪がお幸の実子と察する。実子と義理の仲の2人の息子と母の思いが交錯する。
今回は与兵衛を吉右衛門さんの指導を受け、娘婿である尾上菊之助さんが初役でつとめる。「お幸は与兵衛に濡髪を見逃してもらいたい。実の親子なら、口に出せるところが、義理の仲なので言えません。与兵衛は自分に母が本心を明かさないことが切ない。そのつらさを出さなければなりません。僕は(初代吉右衛門の)養子なので、義理の仲も少しはわかりますが、彼はそうではないので、そこが一番難しいよ、と伝えました」
公演は9月1~26日。問い合わせは0570・000・489へ。
9月公演に先立ち、吉右衛門さんは初めて配信公演に挑戦する。源平の合戦を題材にした「一谷嫩軍記(いちのたにふたばぐんき)」に着想を得て、松貫四のペンネームで自ら書き下ろした「須磨浦(すまのうら)」をイープラスの「Streaming+」(https://eplus.jp/sf/streamingplus)で8月29日午前11時から有料配信する(9月1日午後11時までの予定)。
東京・観世能楽堂で無観客収録。竹本(浄瑠璃)が入る独白形式のひとり芝居になる。
「『一谷嫩軍記』は初代がとても愛し、私も大好きな芝居です。平敦盛の身代わりになった小次郎が父の熊谷直実を仏門に走らせます。今回の事態で亡くなられた方も、献身的に尽くされて命を落とされた医療従事者の方もいらっしゃる。そういう方たちのお陰で今の我々がいるんだ、ということをそれとなく考えていただければ、と作りました」
「角力場」 濡髪を大きく見せる細かな工夫
吉右衛門さんが初めて「双蝶々曲輪日記」に出演したのは、1964年3月の東京・芸術座での勉強会「木の芽会」。通し上演で「角力場」「米屋」「難波裏」「引窓」の放駒長吉(はなれごまちょうきち)と南与兵衛をつとめた。濡髪の初演は69年7月の同座。このときも通し上演であった。
「初代(吉右衛門)も与兵衛を得意にしていましたので、私も若い頃から『双蝶々曲輪日記』のいろいろな役をやらせてもらいました。通しで演じると濡髪の人間性や、放駒…
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