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漆黒を照らす

/102 地方の平凡庶民と戦争 両親一家も「参戦」していた /大阪

前列左から3人目が父の寿保。沖縄戦に動員されていたら落命していたかもしれない。「人生25年」と言われもした=1942年11月、大学での行軍訓練で

 私の亡父は1921(大正10)年に大分・国東の農家の長男として、健在の母は29(昭和4)年にやはり大分・佐伯の牛乳屋に次女として生まれた。この8月、両親とその家族が先の戦争の時代をどう送ったのか、遅ればせながら知っておかねばと思い、90過ぎの親族に話を聞き、母の弟・K叔父が詳細にまとめていた一族の資料を熟読した。

 父は44年9月、大学が半年繰り上げ卒業となって海軍に入隊した。この時、女子挺身隊(ていしんたい)に志願して大分市の航空廠(しょう)で働いていたN叔母は、詰めえり姿の父が宿舎を突然訪ねて来たことをよく覚えていた。「(三重県)四日市で入隊することになった。おそらく沖縄に行くことになる」。死を覚悟していたのか、父はこう告げたという。結局、父は沖縄にも外地にも赴かず、死なずに終戦を迎えた。

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