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毎日新聞朝刊1面の看板コラム「余録」。▲で段落を区切り、日々の出来事・ニュースを多彩に切り取ります。

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「前例之無き事にて…

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 「前例之(これ)無き事にて頗(すこぶ)る重大なる事件」。文部省幹部が東北帝国大総長に宛てた1913(大正2)年8月9日付の質問状が、東北大史料館に保管されている。前日から始まった入試で女子が受験したことを知り、送ったものだ。当時、帝大進学は高等学校の男子に限られていた▲文部次官への回答は25日。大学側はそれまでに女子3人に合格通知を送り、21日付官報で合格者を発表。16日には全国紙が先んじて報じた。監督官庁の横やりを既成事実でかわした▲全ては元文部次官で初代総長の沢柳政太郎(さわやなぎ・まさたろう)が立てた方針に沿っていた。高等学校だけでなく各種専門学校の卒業生や教員免許所有者にも門戸を開くべきだというもので、女子受け入れは自然な流れだった▲日本初の女子大学生として9月に入学したのは、化学科の黒田チカ(29)と丹下ウメ(40)、数学科の牧田らく(24)。女性科学者の草分けを忘れまいと、東北大は合格発表の8月21日を「女子大生の日」として登録した▲「高等学校の優秀な若者を東京帝大と京都帝大に奪われ、後発の東北帝大は人材を広く集める必要もあった」と史料館の加藤諭・准教授は分析する。とはいえ、沢柳の機転が重い扉を開けたのは事実だ▲文部官僚時代は義務教育の充実、帝大総長時代は研究力向上、晩年は私学教育と、国を支える若者の育成に生涯をささげた。「随時随所楽しまざるなし」という言葉を沢柳は好んだ。慣習や前例に縛られていてはいい教育はできないよ、と教えられる。

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