連載
東京・永田町の国会前で「アベ政治を許さない」と書かれたプラカードを掲げる著名な女優がいた。2019年11月に急逝した木内みどりさん(享年69)。新型コロナウイルスの感染が拡大する中、芸能人の政治的、社会的発言は珍しくなくなったが、コロナ以前はそうではなかった。なぜ、彼女にはできたのか。彼女は一体、何者だったのか。
<2>自ら損をする本を出版して「アベ政治ノー」を体現
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2018年11月3日、東京・永田町の国会前で「アベ政治を許さない」と書かれたプラカードを掲げる集会で、女優の木内みどりさんに初めて出会ったとき、私は大きな衝撃を受けた。これほどストレートに安倍晋三首相を批判する「表現者」を、寡聞にも私は知らなかったからだ。首相は28日、病気を理由に辞任を表明。連載2回目は、こんなエピソードから始めたい。【企画編集室/沢田石洋史】
安倍さんに「×」、麻生さんに「×」
木内さんは集会が終了すると、参加していた数百人を前にスピーチを始めた。出版したばかりの本「私にも絵が描けた! コーチはTwitter」の宣伝を兼ねていた。このとき、ICレコーダーに録音するのを失念したが、だいたいこんな内容だった。
彼女は365日間描き続けてツイッターで発表していた絵を1冊の本にまとめようとしたが、出版社に問題視されかねない絵が2枚含まれていた。安倍首相と麻生太郎副総理兼財務相の似顔絵である。2人の顔の横には、政治姿勢への批判を込めて「×(バツ)」と書いてある。そこで、自身のウェブラジオ「木内みどりの小さなラジオ」を運営する任意団体に「出版部」を設けて3000部印刷した。約250ページの本が1冊500円。税込みで540円(当時)。1冊売れるたびに、彼女が800円損する「不思議な本」だという。
そして、まるでバナナのたたき売りのように威勢のいい声を上げて、本を売りさばいていた。彼女と雑談を交わしたかったので、私は最後尾に並んで本を購入した。そして、思い返すと、随分つまらないことを彼女に言ったものだ。「私は小さなころからテレビが好きで、木内さんの姿を見て育ちました」。著名人取材を重ねた経験から、このような場で取材を申し込んでも受けてくれるはずがないので、この際インタビューは申し込まなかった。
次に会う機会が訪れたのは、翌19年1月3日のことだった。同じ国会前での集会で、…
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