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澤田瞳子の日本史寄り道隠れ道

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天皇の友人関係 ペット、スポーツ同好の士重用

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京都・下鴨神社で新春に催される「蹴鞠初め」。平安時代には蹴鞠のうまさゆえに天皇と近しい関係となり、取り立てられた人物もいたようだ=京都市左京区の下鴨神社で2020年1月4日午後1時57分、川平愛撮影
京都・下鴨神社で新春に催される「蹴鞠初め」。平安時代には蹴鞠のうまさゆえに天皇と近しい関係となり、取り立てられた人物もいたようだ=京都市左京区の下鴨神社で2020年1月4日午後1時57分、川平愛撮影

 インターネットの普及のおかげで、環境の変化によって友人と疎遠になることは減った。地球の裏側にいようとも、ネット回線さえあればビデオ通話で対面して話せるのだから、もはや物理的距離は友人関係を保つ上であまり問題にならない。

 だが当然ながら前近代では、旅や赴任に伴う友人との別れは、ともすれば今生の別離となった。平安時代の和歌集『古今和歌集』や鎌倉時代の『新古今和歌集』に「羇旅(きりょ)(旅行)」「離別」の巻が並んでいるのも、それだけ別れの意義が大きければこそ。別言すれば当時の友人関係とは時に、大きな困難に隔てられかねないものだったわけだ。

 大宰府に左遷され、死後、天神さまとして祀(まつ)られた菅原道真は、当代一の学者。彼は同い年の文人貴族・紀長谷雄(きのはせお)を、弟子とも部下とも友人とも信頼していたらしく、死の直前、左降(さこう)先で書き綴(つづ)った漢詩集『菅家後集(かんけこうしゅう)』を都の長谷雄に送っている。流麗な詩文に記された配流先の生活の惨めさ、道真の苦しい胸中をひもとくにつけ、それを託した長谷雄への深い信頼が偲(しの…

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