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「噂は数限りない」デマの記述も 関東大震災時の手記発見 専門家「現代につながる」

母の幾代さんが書いた手記を手にする久野明子さん=東京都世田谷区で2020年8月28日午後4時55分、高田奈実撮影

 1923(大正12)年9月1日に起きた関東大震災を横浜市で経験した女性が、被災当時から街が復興するまでの様子をつづった手記が見つかった。被災状況が克明に記されているだけでなく、震災後にはデマや流言が広がったという記述も残されている。専門家は「非常時にSNS(ネット交流サービス)でデマが広がる現代と同じことが起きていたことを証明する貴重な資料だ」としている。1日は関東大震災から97年の「防災の日」を迎える。

 手記を書いたのは、98年に85歳で亡くなった渡辺(旧姓・多勢)幾代さん。次女の久野明子さん(80)=東京都世田谷区=が2014年ごろ、遺品の中から冒頭に「関東大震災」と鉛筆で書かれたノート用紙16枚を見つけた。正確な時期は不明だが、戦後に被災当時を振り返って書かれたものとみられる。自宅で保管していたが、後世に伝えようと博物館への寄贈を決めた。

 手記は<大正十二年九月一日>の日付から始まる。幾代さんは被災当時11歳の小学5年生で、横浜市西区境之谷で祖母、両親、兄姉3人と暮らしていた。父はハッカ商を営んでおり、家には使用人がいる裕福な家庭だった。

 家族と買い物に出掛けるために靴下をはいている時だった。<お尻の下が何かモコっと浮かび上がった感じ>という突然の揺れに襲われ、<この世の終わりかと身を固くして母の胸の中に顔を埋めた>。自宅は火災や倒壊を免れたものの、一家は一時近くの山に避難した。

 <東の空はみえないが、北の空は煙で全く覆われている。何かおそろしいものが大きな手を開けてだんだんこっちに迫ってくる感じだ>。山から見た光景をそう記していた。その後は家の庭に小屋を建て、行き場をなくした人たちを受け入れた。

 関東大震災ではデマを信じた住民らが各地で多くの朝鮮人を虐殺した。手記には、震災3日目に学校のグラウンドで何人かの男…

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