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被災地に咲いた「水仙」に感銘 東海豪雨20年 胡弓で伝える災害の記憶

東海豪雨の被害を受けた街。決壊した新川から濁流が名古屋市西区の住宅街に流れ込む=2000年9月12日、本社ヘリから

 約7万戸が浸水し、10人が死亡した東海豪雨から11日で20年を迎える。胡弓(こきゅう)奏者、石田音人(ねひと)さん(63)=名古屋市西区=は被災後、災害現場に咲いた水仙の花をモチーフに曲をつくり、20年間、豪雨の記憶をつなぐため演奏し続けている。「音楽には思いを共有できる力がある。ささやかだが、演奏を通じて豪雨の記憶を伝えたい」。今年も豪雨発生の11日に水仙の曲を奏でる。

 「ただただあぜんとした。見たことのない光景だった」。石田さんの目には、泥水にのまれる街の様子が今も焼き付いている。

 2000年9月11日夕、雷鳴がとどろき、土砂降りが続いていた。すでに50センチほど冠水し、マンホールからは水が噴出。ただ、このときはそれほどの豪雨だとは感じていなかった。

 12日午前4時ごろ、西区のマンション4階の自宅で就寝中、約400メートル離れた実家に住む母親から電話があった。「玄関やトイレから泥水が噴き出している」。石田さんはベランダから外を見て驚いた。全ての道路が濁流で茶色く、車はボンネットまで浸水。実家の両親と置いていた楽器が心配だった。すぐに身支度して階段を下りたが1階部分が浸水。近隣の住民が用意したゴムボートに乗せてもらい、流されながらもなんとか実家にたどり着いた。両親は2階に避難して無事だったが、1階にあった楽器の一部は水につかり、使用できなくなった。

 実家の片付けなどに追われ1カ月ほど過ぎたころ、「避難所で胡弓を演奏しよう」と思い立った。5年前の阪神大震災では、神戸の街をほかの音楽家らと回った。演奏により被災者の表情は明るくなったことを思い出し、「避難所生活でふさぐ人の心を、自分の演奏で癒やせれば」と東海豪雨の避難所を慰問した。

 そうして2カ月が過ぎたころ、ある被災女性が、泥の中から見つけた水仙の球根を植え、花を咲かせようと育てているこ…

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