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社史に人あり

象印マホービン/3 商標に選んだ「象印」=広岩近広

1923年に商標登録した「象印」の第1号=象印マホービン提供

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 魔法瓶の中瓶製造に乗り出した「市川兄弟商会」は堅実に事業を伸ばし、1919(大正8)年には大阪市浪速区塩草町に新工場を建てるまでになった。地盤を固める一方で、兄の銀三郎は「弱点」に目を向ける。

 問屋と呼ばれた組み立てメーカーと専属契約を交わしていれば、注文は途切れない。だが、すべては問屋の都合に左右される。「商い気質」の銀三郎は、これを「弱点」とみなした。銀三郎は克服すべき課題の解決にあたり、「職人肌」の弟金三郎や結婚して間もない妻の志津ら家族に集まってもらう。この場で銀三郎は、用意していた決意の言葉を伝えた。

明治時代に始まる魔法瓶の歴史を伝える展示コーナー=象印マホービン本社1階の「まほうびん記念館」で、広岩近広撮影

 「今のままでは大きな発展はない。いずれ組み立てメーカーの問屋をやりたいが、とりあえず専属の受注をやめて、いくつかの問屋を相手にしたい。営業はおれが責任をもってやる」

 金三郎をはじめ家族は、だれも反対しなかった。リスクはあるだろう、しかし、事業を飛躍させるための第一歩なのだと、銀三郎の提案を受け入れた。

 さっそく、銀三郎は動いた。恩義のある専属の問屋には、丁重に説明して理解を得た。若い実業家ながら、銀三郎の実直で誠実な人柄は、敵をつくることなく、あらゆる交渉事は穏便に進んだ。

 このあと銀三郎は、フリーの立場から問屋を訪ね歩き、ひたすら営業に励んだ。銀三郎が中瓶の営業に力を入れる一方で、金三郎は魂をこめて丁寧に製品を仕上げた。

 兄弟は今まで以上に、懸命に働いた。シーズンオフになっても、中瓶を製造しては並べた。問屋が一斉に忙しくなれば、「市川はん、中瓶は、ないやろか」と、あちこちから声がかかり、事業は順調に運んだ。

 こうして蓄えができると銀三郎は、以前からの計画を実行する。中瓶製造工場に近い浪速区稲荷町に組み立て工場をつくり、製品部と称した。「市川兄弟商会」を起こしてから5年後、23(大正12)年のことで、念願の問屋を持つに至った。

 魔法瓶組み立てメーカーの問屋となれば、出荷するうえで商標が必要になる。中瓶はあくまで「内なる製品」なので、商標はいらない。銀三郎は妻の志津や弟の金三郎と膝を突き合わせて、「市川兄弟商会」の商標について話し合った。いろいろな案のなかから、銀三郎は「象印」を選んだ。明治時代から大衆を相手にする製品の商標に、動物の名前が付けられた例は少なくない。しかし「象印」は、業界で使われていなかった。社史はこう説明している。

 <象は人間に飼育されるほどおとなしいが、ひとたび怒ればなにものも恐れない猛(たけ)だけしい力をふるう。頭は良く、家族愛も強い。陸上動物で最大の巨体だが、ゆったりとした態度やその容姿は、子供たちの人気を集める。生命力は強く、寿命は長い。こうした象のイメージは魔法瓶にふさわしい>

 かくして「市川兄弟商会」の商標は、「象印」に決まった。順調に拡大していた中国をはじめとする輸出用には、象に王冠をのせた「ELEPHANT&CROWN」(エレファント・クラウン)として、商品登録している。

 (敬称略。構成と引用は象印マホービンの社史による。次回は9月12日に掲載予定)

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