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#やまゆり園事件は終わったか~福祉を問う

植松聖死刑囚の死刑判決が確定した相模原障害者殺傷事件。日本の障害福祉政策の問題点と、解決の道筋を探ります。

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#やまゆり園事件は終わったか~福祉を問う

<プロローグ>私は何も知らなかった 19人殺傷の現場で記者が感じた圧迫と恐怖

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「津久井やまゆり園」1階居室の様子。女性入所者が犠牲となった部屋の窓には、シールが貼られていた=相模原市緑区で2017年7月6日午前11時12分、宮武祐希撮影
「津久井やまゆり園」1階居室の様子。女性入所者が犠牲となった部屋の窓には、シールが貼られていた=相模原市緑区で2017年7月6日午前11時12分、宮武祐希撮影

 事件から約1年後の2017年7月6日、私は現場となった「津久井やまゆり園」(相模原市緑区)の園内に入った。取り壊しを前に、神奈川県が報道陣に公開したのだ。現場に立つことができる最初で最後の機会だった。

 その日感じた違和感は忘れられない。私は事件から1年間、園関係者に取材しながら、事件や事件前の暮らしについて話を聞き、記事を何本も書いてきた。「最重度の障害がある人の暮らし」を少しは知った気になっていた。だが、園内に入った時に感じた。「何も知らなかった」

 やまゆり園はまさに、「人里離れた山間部」にあった。深い緑に囲まれた、約3万平方メートルの広大な敷地に、園は建っていた。その日は夏の始まりを告げるような青空と白い雲で、ひときわ緑が鮮やかに見えた。私は、神奈川県職員の案内を受けながら、事件直後から取材を続けてきた同僚記者らと共に、園内部に足を踏み入れた。

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