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北海道地震2年 両親・祖母失った厚真町職員 再起、3人に背中押され

地震発生時刻に両親と祖母が亡くなった実家近くで手を合わせる中村真吾さん(右)と弟の清人さん=北海道厚真町で6日、貝塚太一撮影

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 44人が犠牲になった北海道胆振(いぶり)東部地震が発生から2年を迎えた6日、厚真町職員の中村真吾さん(44)は弟の清人さん(43)と、犠牲になった両親と祖母が住んでいた家の跡に出向き、発生時刻の午前3時7分、3本のろうそくと線香に火をつけ、手を合わせた。「どうか安心して見守っていて、と伝えました」。悲しみを抱えつつも「生前の3人の姿を知ることで、前向きな気持ちが芽生えた」と感謝する。

 ちょうど2年前の未明、突然、背中を突き上げられるような強い衝撃で目を覚ました。町内の別の地区で暮らす両親と祖母に何度も電話をかけた。「無事でいてくれ」。願いは届かず、3人とも土砂崩れの犠牲になった。

 それから約1年間は、毎日のように気持ちが沈んだ。「悲しんだり、寂しがったり、悔しがったり。3人を思い出すたびに、涙があふれ出た」

 やがて、3人を知る人たちの思い出話を聞くうちに、気持ちが癒やされていった。

 父初雄さん(当時67歳)はしつけに厳しく「昭和のおやじ」だった。中村さんが25歳で道外から町役場にUターン転職した時も、帰郷を喜ぶでもなく、いつもと変わらぬ様子だった。

 最近、初雄さんの友人からその時のことを聞かされた。「はっちゃん(初雄さん)、『息子が帰ってくるんだ』とうれしそうに話していたよ」。意外な父親の一面を知り、感極まった。

 町内の高齢者グループホームに勤めていた母百合子さん(同65歳)。間違ったことは正す芯の強い人で、誰にでも優しかった。通所者の家族が仏壇に手を合わせに来た時、声を掛けられた。「私たちが介護で気がめいっていた時、百合子さんが励ましてくれた」

 祖母君子さん(同94歳)は育ての親のようだった。農業で忙しい両親に代わり世話をしてくれた。ある時、見知らぬ高齢の女性が「君子さんとはデイサービスで一緒だったの。大変だったね」と気遣ってくれた。

 「3人がいなければ、こんなに温かい声は掛けてもらえなかった」と感じた。いつしか、「下を向いていてもいいことはない」と気持ちに変化が生まれた。

 「『厚真は地震の町』というイメージを変えたい」。町産業経済課で地元経済の振興を担う傍らで、新しい気持ちも湧いてきた。町は甚大な被害を受けた浄水場が復旧し、仮設住宅で暮らす被災者が移り住むための災害公営住宅も間もなく完成する。「みんなが次の一歩を踏み出し、その頑張りが少しずつ目に見え始めている。いつまでも悲しみに立ち止まっていられない」【源馬のぞみ】

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