東日本大震災

福島・双葉を歩く(その2止) 再び街を動かすために 帰還22年春へ、一歩ずつ

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福島県双葉町役場の庁舎内では、東日本大震災の発生した午後2時46分過ぎで止まった時計、2011年3月のカレンダーがぶらさがったままだ=福島県双葉町で2020年8月11日、高尾具成撮影
福島県双葉町役場の庁舎内では、東日本大震災の発生した午後2時46分過ぎで止まった時計、2011年3月のカレンダーがぶらさがったままだ=福島県双葉町で2020年8月11日、高尾具成撮影

 福島県双葉町は東京電力福島第1原発事故に伴い、今も住むことができない唯一の自治体だ。町民は42都道府県での避難生活を余儀なくされている。2020年3月から沿岸の一部とJR双葉駅などの避難指示が解除され、駅周辺の「特定復興再生拠点区域」の立ち入り規制が緩和されたが、大半は帰還困難区域のまま。解除地域もインフラが未整備で居住はできない。町は22年春ごろの住民の帰還を目指し、環境を整備していく意向という。

 町を歩く。人影はほとんどなく、幹線道路の国道6号を除けば通行車両もまばらだ。店主も客も消えた商店街の店舗は傾き、崩れながら踏ん張っている。テープで塞がれた郵便ポストの投入口が痛々しい。

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