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#最後の1年

新型コロナに揺れる学生スポーツ界。最高学年の選手は無念や戸惑いを抱きながら「最後の1年」を過ごしています。

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#最後の1年

それでも私たちはオールをこぐ 伊豆大島、カッター部13人の挑戦

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力強くオールを手にする中村龍鵬(手前)ら大島海洋国際高端艇部の部員たち=東京都大島町で2020年9月1日午後4時57分、倉沢仁志撮影
力強くオールを手にする中村龍鵬(手前)ら大島海洋国際高端艇部の部員たち=東京都大島町で2020年9月1日午後4時57分、倉沢仁志撮影

 人口7000人余りの伊豆大島(東京都大島町)で、島内の防災無線で結果が伝えられるほど親しまれる部活動がある。都立大島海洋国際高の端艇(カッター)部だ。もとは救命艇である全長9メートルの頑丈なカッターを、海洋の波風にさらされながらこぎ進める過酷なレースは、見る者を奮い立たせる。今季は新型コロナウイルスという見えない障壁も立ちはだかるが、2、3年生の男女13人の部員が心一つにする。部長の3年、中村龍鵬(たつゆき、17歳)は生まれ育った島を勇気づけるためにも突き進む。

 都心から高速船で2時間弱、島の南端に同校はある。その近く、川端康成の小説「伊豆の踊子」でも取り上げられた郷愁感漂う波浮港(はぶみなと)が部の活動拠点だ。柔らかくなった西日が水面にきらめいた9月1日、威勢のいい声が響いた。「1、2、3……」。号令に合わせてオールがしぶきをあげ、カッターが進む。コロナによる活動休止を挟み、半年ぶりの港での練習。「やっぱり、カッターの上は気持ちいい。久々に皆でこぐことができてうれしかった」。心地いい疲れに包まれた中村はその日、帰宅した途端に眠ってしまったという。

連覇阻んだアクシデント

 1946年創立の同校に端艇部が部活動として発足した時期は定かではないという。ただ男女区別なく、2列に並んだ12人のこぎ手それぞれが長さ4メートル、重さ11キロのオールを扱い、かじを取る艇長、号令をかける艇指揮を含めた定員14人で臨むカッターは水産・海洋教育の基礎訓練として、授業で取り入れられてきた。

 2006年に赴任し、部の顧問に就いた西山大介教諭(42)が強化に力を入れ、「海の甲子園」と呼ばれる全国水産・海洋高校カッターレース大会の上位進出の常連校になった。仙台市出身で競技経験のなかった西山教諭だが「マイナー競技がゆえにこぎ方のフォームなど技術に正解がない。研究のしがいがある」と大学を訪れて教えを請うたり、自身の手の皮がむけるまでこいで試したりして道を切り開いてきた。

 部のカッターが波浮港をさっそうと滑る姿を憧れのまなざしで見つめていたのが中村だ。自宅から自転車で15分。泳いだり、魚釣りをしたり、港は遊び場だった。中学では野球部だったが、端艇部に入るため大島海洋国際高に進むことを決めた。5人兄弟の四男。一家で誰もこの競技に縁はなかったが、決断すれば突き進むのが性分。母美幸さん(47)いわく「自分が納得しないと気が済まない子」。消防士の父幸正さん(46)は「やりたいことをやればいい」と応援してくれた。

 1年の時、同校はついに全国大会で初優勝した。3艇ずつ1000メートルの順位を争うトーナメント戦を勝ち抜き、代表21校の頂点に立った。自身はメンバー入りできなかったが、先輩たちがまぶしかった。練習に一層、力を入れ、2年時には主力メンバーになった。

 だが連覇を懸けた昨年の全国大会はアクシデントに見…

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