「づぼらや」がなければ、あのポン酢は生まれなかった…いまや関西の食卓の定番

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「旭ポンズ」の誕生秘話を語る旭食品の高田悦司社長=大阪府八尾市で2020年9月4日、菱田諭士撮影
「旭ポンズ」の誕生秘話を語る旭食品の高田悦司社長=大阪府八尾市で2020年9月4日、菱田諭士撮影

 大阪・新世界のフグ料理店「づぼらや」(大阪市浪速区)が15日に閉店し、100年の歴史に幕を下ろす。戦後間もない時代からフグ料理を庶民に根付かせた同店は、実はもう一つの「味」が生まれるきっかけになっていた。「大阪の食い倒れ」と称される食文化を育んできた老舗の店じまいに、常連客や関係者からは惜しむ声が上がっている。

昆布やスダチ、天然素材にこだわり

 「づぼらやがなければ、うちのポン酢は生まれなかった」。関西で人気の「旭ポンズ」を作る旭食品(大阪府八尾市)の高田悦司社長(67)は振り返る。ポン酢がまだ家庭に普及していなかった半世紀前から、製造を続けてきた。

 父親の耕治さん(故人)は1948年に旭食品を創業。当時は冷やしただしが主力商品だったが、冬場は売り上げが落ち込んだ。年間を通して売れる商品はないか。耕治さんが目を付けたのが、客として通っていた「づぼらや」のポン酢だった。

 時代は高度経済成長期。西日本でも有数の繁華街だった新世界は人であふれた。通天閣から南北に延びる通りに浮かぶ大きな「ふぐちょうちん」は、待ち合わせの目印だった。

 幼い高田さんも耕治さんに連れられ、店ののれんをくぐった。てっちりの湯気が立ちこめる店内は客でにぎわい、笑い声が絶えなかった。鍋の締めに出てくる熱々の雑炊にポン酢を垂らすのが、高田さんの好物だった。

 「こんなおいしいものを家庭でも気軽に食べられるようにしたい…

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