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東日本大震災

2011年3月11日に発生した東日本大震災。復興の様子や課題、人々の移ろいを取り上げます。

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あの日、児童ら90人を守った決断と奇跡 震災遺構の中浜小旧校舎公開 宮城

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山元町の住民に公開された震災遺構・中浜小の被災校舎内部=宮城県山元町で2020年9月19日、和田大典撮影
山元町の住民に公開された震災遺構・中浜小の被災校舎内部=宮城県山元町で2020年9月19日、和田大典撮影

 東日本大震災で被災した宮城県山元町の「震災遺構・中浜小学校」が26日に一般公開されるのを前に、町は19日、地元住民に内部を公開した。被災当時、校舎の屋根裏倉庫に避難し迫り来る津波から逃れた教職員や卒業生のほか、震災後に地元を離れた元住民らも訪れ、傷痕残る校舎で「あの日」を振り返った。【神内亜実】

 旧中浜小は海から約400メートルの場所にあり、津波は2階建て校舎の天井近くまで襲った。できる限り被災当時のままの形で保存された1階には、津波で泥をかぶった机や椅子が散乱し、天井や床がはがれた生々しい傷痕が残る。

 「とっさの判断だったが、今も正しかったのか分からない」。当時校長だった井上剛さん(63)は、校舎内の中庭前に立ち、町民らに語りかけた。地震発生当時、下校前の児童59人がおり、教職員やその後集まった住民らを含め約90人が校内にいた。テレビで流れた津波の予想高さは10メートル。約1・2キロ先の高台まで児童と逃げると約20分かかるため、屋上への避難を決断した。しかし、目の当たりにした第3波は約20メー…

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