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#やまゆり園事件は終わったか~福祉を問う

⑧園出た男性が「普通の人と同じような」暮らし なぜ「重度訪問介護」は広がらないのか

自分の部屋でくつろぐ一矢さん(左)と介助者の大坪さん。一矢さんのペースで過ごす時間はゆったりと流れている=神奈川県座間市で2020年9月17日、上東麻子撮影

 入所者ら45人が殺傷された2016年7月26日の相模原殺傷事件で、重傷を負った尾野一矢(かずや)さん(47)。今年8月に24年入所していた事件現場の津久井やまゆり園を出て、アパートでの1人暮らしを始めている。それから1カ月あまり。一矢さんのアパートを訪ねると、24時間の訪問介護を利用しながら、近所のスーパーから自動車で郊外の飲食店へと、次第に活動範囲を広げていた。【上東麻子/統合デジタル取材センター】

 神奈川県座間市の1Kのアパート。ここが一矢さんの新しい城だ。

 「ここはどこですか?」

 「かずやんち」

 一矢さんが記者の質問に元気に答えてくれた。ソファにどっかりと座り、テレビを見ながら穏やかな表情でくつろぐ。

 この日は朝6時半に目を覚まし、軽い朝食をとったという。

 重度訪問介護サービスを利用し、ヘルパーが24時間交代で、食事や入浴、見守りなどの生活全般をサポートしている。

 「かんちゃん、ごはん食べに行こうか」

 「行く!」

 「よし、じゃあ出かけよう」

 介助者の大坪寧樹(やすき)さん(52)の問いかけにも一矢さんは元気に答えた。

 2人は車に乗り込み、座間市から藤沢方面を目指す。一矢さんは車のマークに詳しい。通り過ぎる車やショールームを見つけては、「ニッサン」「トヨタ」「ホンダ」と機嫌よく当てていく。

 「何食べる?」

 「うなぎー」

 一矢さんの好物はうなぎ。「僕なんか1年に1回しか食べないのに」とハンドルを握る大坪さんが笑う。

 お目当ての店がなく、「別の所にしようか」と提案すると「マクドナルド」と一矢さん。新しい店を開拓したい大坪さんは「今日はモスバーガーに行ってみようか?」と提案してみた。一矢さんは納得いかない様子だったが、海沿いの景色のいい店舗に着くと、ハンバーガーとポテトとジュースを注文し、パクパクとおいしそうに食べ始めた。

 広々とした店内で、子どもたちも声を上げながら歩き回っている。

 「海辺を散歩しようか?」。松の並木に近い海岸沿いの歩道を並んで歩き始めた。しばらくして一矢さんが「海行かない。帰る」と言い出した。今度は本当に嫌なようだ。

 何度かやりとりしても「行かない」と言い張る様子を見て、大坪さんは「わかった。行かない。帰ろうか」と優しい声で言った。

 「少しずつ行動範囲を広げて、いろんな経験をしてもらいたい。だから、ちょっとずつ冒険してみる。そのせめぎ合いで少しずつ関係を築いていくんです」

 帰宅してしばらくすると、やまゆり園の職員2人が「お邪魔します」と様子を見にやってきた。健康状態や最近の様子を尋ね、「顔色がいいですね」と安心した様子で帰って行った。

 一矢さんはまた自分のソファにどっかりと座り、テレビを見始めた。傍らにいる大坪さんと時折会話を交わしながら、一緒に画面を眺めている。

 記者が部屋を訪れたのは3回目。帰り際、「上東さん、また来る?」と聞いてくれた。一矢さんはだれにでも、心を開いているように見える。覚えてくれてうれしい。「また来ます」と答えて玄関を出た。

 食事、買い物、外出、就寝……生活のリズムは一矢さんのペース。ゆったりと流れる時間が心地よい。いつまでもこの穏やかな暮らしが続くといい。

 一矢さんには重い知的障害がある。父の剛志さん(76)と母・チキ子さん(79)はクリーニング店を営みながら、一矢さんの障害を隠す…

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残り1973文字(全文3360文字)

上東麻子

1996年毎日新聞入社。佐賀支局、西部本社、毎日小学生新聞、東京本社くらし医療部などをへて2020年から統合デジタル取材センター。障害福祉、精神医療、差別、性暴力、「境界」に関心がある。日本新聞協会賞を受賞したキャンペーン報道「旧優生保護法を問う」取材班。共著に「強制不妊」(毎日新聞出版)。散歩とヨガ、ものづくりが好き。

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