慰霊の女神像、曲がり角 埼玉・熊谷空襲 菓子のお供えに「カラスが来る」

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戦災者慰霊の女神像=埼玉県熊谷市で8月、岡礼子撮影
戦災者慰霊の女神像=埼玉県熊谷市で8月、岡礼子撮影

 終戦直前の8月14日深夜の熊谷空襲で大きな被害を受けた埼玉県熊谷市の星川のほとりに、「戦災者慰霊の女神像」が建っている。毎年、女神像の下で灯籠(とうろう)流しが行われてきた。制作したのは、「長崎平和祈念像」で知られる彫刻家の北村西望(せいぼう)(1884~1987年)。熊谷と縁の深い著名作家の女神像が、戦後75年の慰霊の歩みを見守ってきた。【岡礼子】

 1945年8月14日午後11時半。熊谷は約8000発の焼夷(しょうい)弾に襲われた。「爆弾は、ひゅるひゅる、ドーンという音がした。花火と同じ。だから花火は今も見たくない」。熊谷市弥生の男性(87)は振り返る。当時12歳。飛び起きて布団をかぶり、2歳の双子の弟を両脇に抱き、荒川の土手へ走って逃げた。市街地を流れる星川には火に追われた住民が逃げ込み、犠牲者266人のうち約100人が川の周辺で亡くなっ…

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