毛利輝元の書状に「鞆夫」の記述 室町幕府最後の将軍、足利義昭支援示す新史料

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新たに確認された毛利輝元の書状。1行目に「防長諸郡江鞆夫」と記されている(広島県福山市鞆の浦歴史民俗資料館提供)
新たに確認された毛利輝元の書状。1行目に「防長諸郡江鞆夫」と記されている(広島県福山市鞆の浦歴史民俗資料館提供)

 京都を追われ、鞆の浦に滞在した室町幕府最後の十五代将軍、足利義昭(1537~97年)を支援するため、戦国大名毛利輝元が周防・長門・出雲の寺社に課したとされる労役「鞆夫(ともふ)」について記した新史料が見つかった。10月8日から広島県福山市鞆の浦歴史民俗資料館で開催する特別展「鞆幕府 将軍足利義昭」で紹介する。

 史料は輝元が76(天正4)~82(天正10)年ごろ、周防と長門の支配を担当した重臣3人に送った書状。書状の所有者が特別展の開催を知り、同館に連絡して確認された。

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