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東京へ ともに歩む

毎日新聞

後藤史さん(右端)の出前授業を受ける生徒たち=三重県紀北町の町立三船中で2019年3月14日、下村恵美撮影

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メンタルトレーナー転身の「元なでしこ」後藤史さん きっかけは3.11直後の「ハグ」

 東京パラリンピックに開催国枠で初出場する視覚障害者らによる5人制サッカー(ブラインドサッカー)日本代表のメンタルトレーナーを務める後藤史(ふみ)さん(33)は、元なでしこリーガーだ。スペインでのプレー経験もある彼女が裏方に転身した理由とは。【高橋秀明】

 9月3日、ブラインドサッカー日本代表の活動報告がオンラインで行われた。新型コロナウイルスの感染防止のため、3月から活動を休止していたが、6月に活動を再開。8月には感染症対策を徹底しながら東京大会本番を想定したシミュレーション合宿を行うなど準備を進めている。その過程で選手をメンタル面から支えたのが後藤さんだ。

 後藤さんは自粛期間中にも選手と無料通信アプリ「LINE」や電話でコミュニケーションを取った。選手たちには「まずは自分の自然な感情をいいとか悪いとか評価せず、そのまましっかりとキャッチしてください」と語りかけた。「今、不安を感じているのに『不安はよくない、強気!』といった無理やりな根拠のないプラス思考で感情にふたをするのではなく、不安な感情をしっかりと受け止めた上で、何ができるか準備や対処法を考えることが大切です」

 後藤さんは宮城・常盤木学園高を経て早大在学中になでしこリーグの千葉に加入し、2010年からはスペイン女子1部リーグでプレーした。11年3月11日の東日本大震災は異国の地で知った。「全くうまくいっていない時期で、周りの選手とか環境のせいにしていた。そんな時に震災があって、多くのスペイン人にしてもらったことがハグだった。拒絶していたのは私の方で、チームメートは自分が思う以上に存在を認めてくれていた」

 安心したのと同時に、自分自身について考える余裕が生まれた。「それまでは周りに認めてもらうための結果や評価ばかりを求め、自信をなくしていた自分にとっては高過ぎるハードルを課して、余計、自己否定感が生じていた。理想の自分も必要で大切だが、今の自分の現在地に合わせて自分を客観視したら、できていることはたくさんあって、毎日小さな成功体験を積み重ねていくうちにパフォーマンスのレベルも自然に上がった。初めて心の底からサッカーが楽しいと思った」

 思い返すと、スペインの選手は家族ともよくハグをしていた。試合で失敗しても、親とハグをして、「さあ、家に帰ろう」といった感じで。「私は家族に弱い自分をさらけ出したことがなかったし、常に頑張っている、できる自分を見せようとしていた。でも彼女たちにとって、家族は無条件で自分を受け入れてくれる場所だった」。それにスペインでは、指導者のアプローチも違った。「結果を意識するような練習が日本に比べて多いが、その結果に『プレゼント』は与えても『罰』を与えたりはしない。そういった習慣が、スペインの選手がプレッシャーの中で思い切った勝負やチャレンジができる要因になっているんだと思った」。周囲の声かけや環境の設定で選手の心の持ちようが変わり、それがパフォーマンスに劇的な影響を与えると気づいた。

 ブラインドサッカー日本代表の選手も、先が見えない不安を受け入れた上で、東京大会に向けて再出発した。後藤さんは「選手たちがプレッシャーの中で小さな成功体験を積み重ねていく過程や、その過程の先に見える景色を、楽しみにしている」と来夏の開幕を見据えている。

ごとう・ふみ

 1986年生まれ、三重県出身。宮城・常盤木学園高では1学年下になでしこジャパンの鮫島彩ら。早大教育学部在学中からなでしこリーグのジェフユナイテッド市原・千葉レディースでプレー。2010年からスペイン1部リーグのラヨ・バリェカノに移籍して12年にはUEFA女子チャンピオンズリーグに出場し、ベスト16入りに貢献。同年に引退し、現在は鹿屋体大大学院でスポーツ心理学を専攻。17年からブラインドサッカー日本代表のメンタルトレーナーを務める。

高橋秀明

毎日新聞東京本社運動部編集委員。1968年、東京都生まれ。1991年入社。京都支局、鳥取支局を経て、大阪、東京運動部で野球、大相撲、柔道、レスリング、ニューヨーク支局で大リーグを担当。アテネ、トリノ、北京の五輪3大会を現地取材した。2018年4月からパラリンピック報道に携わる。最近の趣味は畑いじり。