“月7万円支給で年金も生活保護も不要” 竹中平蔵氏のベーシックインカム論は正しいか

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竹中平蔵・元経済財政担当相=東京都千代田区で2019年9月27日、手塚耕一郎撮影
竹中平蔵・元経済財政担当相=東京都千代田区で2019年9月27日、手塚耕一郎撮影

 月7万円を支給する代わりに年金も生活保護も必要なくなる――。元経済財政担当相でパソナグループ会長の竹中平蔵氏(69)がBSの報道番組でこんな「ベーシックインカム」を披露した。ベーシックインカムは新型コロナウイルスの感染拡大に伴う格差拡大の処方箋になるのではと世界的に注目される政策ではある。だが、竹中氏の持論にはSNS上で「福祉の切り捨てが狙いでは?」「本来のベーシックインカムではないのでは?」との疑義が持ち上がっている。そもそもベーシックインカムとは何なのか。その学術的な定義を定める国際NGO「ベーシックインカム地球ネットワーク(BIEN)」の理事でもある同志社大経済学部の山森亮教授(社会政策)は竹中氏の主張をどう見ているのか。【塩田彩/統合デジタル取材センター】

1章 竹中氏のコメントが批判された理由

 山森教授のインタビューに入る前に、竹中氏の主張とSNS上の批判をおさらいしたい。

 竹中氏は9月23日夜のBSーTBS番組「報道1930」に出演し、国民全員に毎月7万円を支給したうえで、マイナンバーと銀行口座をひも付けて所得を把握し、一定以上の高所得者には給付後に返納させる「所得制限付きのベーシックインカム」に言及した。その際、司会から、支給を前提に年金や生活保護などは必要なくなるのかと問われ、「すべてとは言わないが基本的にはそうだ」とコメント。「究極のセーフティーネット」としてベーシックインカムの必要性を説いた。

 実は、竹中氏がベーシックインカムに言及したのはこれが最初ではない。週刊誌「エコノミスト」(毎日新聞出版)6月2日号と7月21日号のインタビューで持論を詳しく説明している。

 6月2日号で、以下のように支給額を5万円とし、所得制限にも言及している。「例えば、月に5万円を国民全員に差し上げたらどうか。その代わりマイナンバー取得を義務付け、所得が一定以上の人には後で返してもらう。これはベーシックインカムといえる。実現すれば、生活保護や年金給付が必要なくなる」

 7月21日号では、以下のように財源に言及した。「基になるのはミルトン・フリードマンの『負の所得税』の考え方だ。一定の所得がある人は税金を払い、それ以下の場合は現金を支給する。また、BI(ベーシックインカム)を導入することで、生活保護が不要となり、年金も要らなくなる。それらを財源にすることで、大きな財政負担なしに制度を作れる」

 経済誌の学術インタビューではあるが、それにしても「毎月7万円で暮らせるのか?」と思ってしまう。案の定、SNS上で大きな反響が起きた。

 ツイッターでは<#竹中平蔵は月7万円で暮らしてみろ>というハッシュタグ(検索目印)がトレンド入り。<月7万円やるから、生活保護をなくせ?! 冗談じゃない。住宅補助もないし、病人が病院にも通えなくなる。病人は死ね、ということになる>などと激しい批判が渦巻いた。

 批判で特に多かったのは<竹中氏の提案はベーシックインカムではない>という疑義だった。竹中氏が言うベーシックインカムは、弱者救済・格差是正を目指すベーシックインカムの理念とは正反対だという指摘である。

 竹中氏は人材サービス大手パソナグループの会長や東洋大教授を務める。民間人である竹中氏の提案にここまで反発が広がったのは「自助・共助・公助」を基本方針に掲げる菅義偉新内閣の発足と軌を一にしたものと受け止められたからだろう。

 菅首相は就任2日後の9月18日に竹中氏と面会している。菅首相は小泉政権下で副総務相をしていた時に総務相だった竹中氏と一緒に仕事をし、その後もたびたび意見交換をしてきた。フリードマン流の新自由主義に傾斜する竹中氏の発言力が菅政権下で強まるのではないかとの見方もある。

2章 定義は<無条件に実施する定期的な現金給付>

 竹中氏の提案を理解するために、ここからはベーシックインカムについて、山森教授に一から聞く。

 ――そもそもベーシックインカムの定義はどのようなものでしょうか。

 ◆ベーシックインカムとは、<すべての人に、個人単位で、資力調査や労働要件を課さずに無条件で定期的に給付されるお金>である。これは研究者や市民運動家などでつくる国際NGO「BIEN」が示している定義です。研究者の間では、スタンダードな認識だと言えます。

 BIENは1986年に設立された国際NGOで、長年ベーシックインカム研究に携わってきた研究者ら約400人で組織されています。私も2012年から理事を務めています。

 BIENの示す定義の「個人単位で」とは、世帯単位ではなく個人単位での給付を指します。日本のコロナ対策での1人10万円の特別定額給付金をベーシックインカムだとする議論もありますが、これは原則世帯主への一括給付であり、また一度きりの給付のため定義とは異なります。

 「定期的な現金給付」の金額については、「最低限の文化的・社会的生活を送るのに足るであろう額」を完全ベーシックインカム、それ未満の額のものを部分的ベーシックインカムと呼びます。完全ベーシックインカムの額がいくらかであるべきかについては、議論があります。17年から2年間、フィンランドは560ユーロのベーシックインカム給付実験を行いましたが、その額は部分的ベーシックインカムとされています。

 よく生活保護などの福祉制度はセーフティーネットにたとえられますね。とすると人生は綱渡りなのでしょう。私たちは雇用という手すりをつかみながら綱を渡っている状態です。もし手すりがなくなっても、雇用保険や健康保険、年金という命綱がついています。それでも渡り綱から落ちてしまった時、下には生活保護というセーフティーネットが張られているというわけです。

 これが多くの先進国の社会設計ですが、実際には最後のネットですべての人を救えているわけではありません。日本の生活保護の捕捉率はわずか2割弱と言われています。8割強の人が保護水準以下の貧困状態にあるにもかかわらず、生活保護を受給できていないのです。

 その点で、個人に無条件で給付されるベーシックインカムとは、最低水準の所得をすべての人に保障する制度と言えます。

3章 イギリスの女性解放運動が見いだしたベーシックインカム

 ――ベーシックインカムの概念はどのように成り立ってきたのですか。

 ◆第二次大戦後に西欧諸国を中心に福祉国家の概念が広まり、さまざまな社会保障政策や雇用政策が導入されました。しかし先ほども述べたように、制度の網の目から落ちる人がどうしても出てくる。その中で、必要最低限の所得を権利として保障しようという「保障所得」という考え方が広がります。ベーシックインカムはこの保障所得の一種と言えます。

 現在のベーシックインカムの概念を保障所得から切り分けて見いだしたのは、60年代後半から70年代にかけて、イギリスで女性解放運動に携わった労働者階級の女性たちでした。

 日本でもイギリスでも、生活保護を受給するためには、所得や資産の調査や扶養義務関係にある人がいないかなどの調査があります。イギリスでは当時、女性の受給者に対し、本当は生活費を支払う男性がいるのではないか…

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