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広島・長崎原爆

1945年8月、広島・長崎へ原爆が投下されました。体験者が高齢化するなか、継承が課題になっています。

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生後5カ月で被爆、中西さん初証言 「惨状を語り継ぎたい」 葛飾で「原爆犠牲者追悼のつどい」 /東京

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被爆者としての思いを初めて大勢の前で語った中西俊雄さん=葛飾区青戸7のテクノプラザかつしかで
被爆者としての思いを初めて大勢の前で語った中西俊雄さん=葛飾区青戸7のテクノプラザかつしかで

 都が主催する「原爆犠牲者追悼のつどい」が4日、葛飾区のテクノプラザかつしかであり、被爆者や遺族ら約100人が広島や長崎の犠牲者を悼んだ。都内の被爆者団体「東友会」メンバーで、生後5カ月で長崎市で被爆した中西俊雄さん(75)=葛飾区=が初めて被爆者としての思いを語り、改めて平和を誓った。

 例年は夏に開催しているが、今年は新型コロナウイルスの影響で時期を変更した。小池百合子知事らが献花した後、犠牲者の名前が読み上げられた。

 中西さんは1945年8月9日、爆心地から約2・8キロの長崎市片淵町の自宅で被爆した。5人兄弟の末っ子で、母や兄たちと一緒にいた。近くの山が爆風を遮り、命は助かったが、両親は被爆の体験を語りたがらなかった。「父は爆風で吹き飛ばされ、体に刺さったガラスを親友に取り除いてもらい一命を取り留めた。収容された病院で苦しみながら亡くなっていく人を見たが、子どもには一切話さなかった」と語る。

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