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渡辺保・評 『何はなくとも三木のり平』=小林のり一・著、戸田学・編

『何はなくとも三木のり平』

 (青土社・2860円)

 三木のり平は、とぼけた味わいの喜劇の名手であった。客席も大爆笑だったが、楽屋のひとたちが毎日舞台の袖に詰めかける。

 森繁久彌がその魅力を語る。「上手(うま)いだけでは、座員なんてのは、なかなか他人の芝居など見に来ない。上手の上に、何かひきつけるものがあるからで、それが何であるかは、なかなか分らない。(略)それ以前の人間的な香りというものは、マネ出来るものではない天分の領域だろう」。この本は、その独特な「人間的な香り」を、のり平の長男小林のり一が語り、戸田学が編纂(へんさん)した。題名は、のり平が愛したCMのパロディ。この本の面白いところは三点ある。第一にのり平が活躍した戦後の東京喜劇が目の当たりに浮かぶ。第二にのり平の芸の秘密。そして第三はその秘密を通して改めて笑いとは何かを考えさせる。

 戦後の東京の喜劇は多士済々であり、それぞれの役者が個性を持っていた。エノケンはあのだみ声でいて歌がうまい。ロッパは声帯模写がうまかった。森繁久彌は、どこか理に詰んでいるところに自然に浮かぶおかしさが面白かった。そういう人たちの中でのり平のとぼけた味はまた独自の面白さだった。この本を読むとかつてのそういう東京喜劇全盛の舞台がよみがえってくる。それは戦後文化史の一頁(ページ)である。

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