引き揚げの歴史、再確認 舞鶴で討論会 次世代、国際平和考える /京都

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「世界の記憶」登録5周年

 舞鶴市主催の「平和未来フォーラム」が10日、市総合文化会館であった。市が所蔵する引き揚げ関連資料「舞鶴への生還 1945~1956 シベリア抑留等日本人の本国への引き揚げの記録」が、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の「世界の記憶」(世界記憶遺産)に登録されて5周年を記念して開催。引き揚げの歴史を伝える、語り部活動を続ける高校生たちが「次世代が考える国際平和」を話し合った。若い世代がさらに若い世代に「伝える」大切さが焦点となり、さまざまな課題の解決を目指すことが平和につながると語り合った。【塩田敏夫】

 敗戦後、旧満州(現中国東北部)などには約660万人の日本人が取り残された。全国で18の引き揚げ港が設置されたが、舞鶴港は全国で唯一、13年にわたって約66万人の引き揚げ者を迎え続けた。舞鶴市は最初の引き揚げ船「雲仙丸」が1945年、舞鶴港に入港した10月7日を「舞鶴引き揚げの日」と条例で定めるなど、引き揚げの歴史を後世に伝える運動を続けている。

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