台風19号1年 在宅治療、逃げられぬ 母犠牲 自責の念、今も

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1年前に発生した台風19号による土砂崩れに巻き込まれ、母・野口治子さんが犠牲となった自宅を見上げる野口さんの長女=相模原市緑区で11日、西夏生撮影 拡大
1年前に発生した台風19号による土砂崩れに巻き込まれ、母・野口治子さんが犠牲となった自宅を見上げる野口さんの長女=相模原市緑区で11日、西夏生撮影

 12日で上陸から1年となった台風19号では113人が死亡し、3人が行方不明となっている。中には、逃げ遅れて犠牲になった人も少なくない。在宅療法で肺気腫の治療中だった相模原市緑区牧野の野口治子(はるこ)さん(当時75歳)は据え置きの酸素供給器がある自宅を離れることに不安を感じ、避難勧告が出た後も家にとどまり、土砂崩れに巻き込まれて死亡した。当時同居していた長女(52)は「避難すればよかった」と今も悔やんでいる。

 野口さんは20年以上前、再婚した夫と2人で「静かな場所で暮らしたい」と東京から移住。10年以上前に夫を亡くしてからは1人暮らしだった。肺気腫を患ったのはその頃。パキスタンに住んでいた長女は様子を見るために年1回ほど帰国していたが、野口さんの病状が悪くなったため、2019年4月に同居を始めた。在宅療法で治療していた野口さんは、酸素を吸入するための酸素供給器を就寝時には必ず使用し、「楽になるから」と日中に使うことも多かった。

 台風19号が近づいていた19年10月12日午前7時半ごろ、相模原市緑区に避難勧告が出た。自宅周辺は土砂災害警戒区域に指定されている。しかし、野口さんは約400メートル離れた避難所に行くことを渋った。外出に備え携帯用酸素ボンベを持っていたものの、避難がどれだけ長引くか見通せず、ボンベの酸素切れを心配していた。気丈で独立心が強く、人に頼ろうとしなかったという野口さん。長女は「どうすればいいのか分からなかった」と避難所に無理やり連れて行くことはしなかった。

 そして午後2時ごろ。雨が強くなり、1階にいた野口さんに長女が「2階に行こうか」と声を掛けたところだった。「バン」という音と同時に、自宅の裏山から土砂が壁を突き破って流れ込んできた。野口さんの「何、何」という声が聞こえた直後、長女は倒れた柱に下半身が挟まれて身動きが取れなくなり、母の姿も見失う。一転して静まり返る室内で呼吸音が3回聞こえたきり、呼び掛けても返事はなかった。

 野口さんの遺体は、通行人の通報で駆け付けた消防隊員が深夜に見つけた。長女が救助されたのは、翌日の明け方。ヘリコプターで市内の病院に搬送され、弟から母の死を告げられた。自身も腰の骨を折るなどの重傷を負い、20年3月まで入院した。手術が必要で、現在は市内の別の場所で暮らしている。

 なぜ自宅にとどまったのか、なぜ強引にでも避難所に連れて行かなかったのか――。自責の念は消えない。「酸素ボンベが切れるかどうかと考えるより、先に避難すればその後のことはどうにかなったのかなと思う。母が一緒だったからこそ、逃げないといけなかった。あんなふうにあっけなく終わるなんて」。どんな形であれ最期に立ち会ったという安堵(あんど)と、母を助けられなかったという悔しさが入り交じる。土砂の爪痕は、自宅だけでなく今も長女の心に残っている。【高田奈実】

機器重く、ためらう患者

 酸素濃縮器や酸素ボンベを使う在宅酸素療法の患者は、災害時に避難をためらう傾向にある。日本呼吸器障害者情報センターは「避難先で業者に連絡することはできる。まずは避難してほしい」と呼び掛ける。

 札幌市が2019年、在宅酸素療法などを行う呼吸器機能障害者にアンケートをしたところ、18年の北海道胆振(いぶり)東部地震の際に避難したのは17.6%にとどまる。避難しなかった理由は「酸素濃縮器が大きくて重すぎるので持ち運びできない」「避難先に電源がなければ動かないので意味がない」などだった。

 同センターは、避難所での電源確保や酸素ボンベの備蓄、取扱事業者との連携を自治体に要望している。在宅医療機器を扱う「帝人ファーマ」(東京)は24時間体制でオペレーターにつながるコールセンターを設けており、非常時には利用者への安否確認や、要請があれば酸素ボンベを届けるサービスを実施している。【高田奈実】

仮住まい、なお9300人

 台風19号や、同じ昨秋に襲った台風15、21号の影響を含めると、自宅が被災して仮設住宅やみなし仮設で暮らす「仮住まい」の人は少なくとも11都県で約9300人に上る。各自治体への取材によると、人数が最も多いのは福島県の4123人。次いで長野県の1781人、千葉県の1403人、宮城県の1247人と続く。

 また国土交通省によると、鉄橋が流されるなどした影響で、全国3路線で一部区間の運休が続いている。茨城県内のJR水郡線(袋田―常陸大子間、3・8キロ)▽福島、宮城両県の阿武隈急行(富野―丸森間、15・4キロ)▽長野県内の上田電鉄(上田―城下間、0・7キロ)――で、復旧は阿武隈急行が10月31日、上田電鉄が来年3月、水郡線が来夏ごろになる見通しだ。【まとめ・山本佳孝】

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